面白い!!

『七月のばか』吉井磨弥

新人賞というのは到達点というより通過点なのでこういうケースもそこそこあるけど、受賞第一作からこれほどの力作とは、という感じ。この作品の載った号から遡って半年くらいの「文學界」のなかでは一番の作品だったんではないだろうか。 で、この作品には単…

『ダイヤモンドブレード』吉原清隆

ある定年を終えた男性が過去の自分を悔いる話。ちなみに「ダイヤモンドブレード」というのは、アスファルトを刻む機械で、きっと誰もが目にするか少なくともその作業音は耳にしたことがあるだろう。単純に男が仕事で使っていたのがそのダイヤモンドブレード…

『残された者たち』小野正嗣

いままで掲載誌を変えつつも主に「すばる」において書かれてきた、この限界を超えた限界集落モノのなかでは、この作品が一番面白いものではないだろうか。これまでの作品のなかには、やや単調というか、まじめすぎて「アソビ」が足らないというか、読んでい…

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス 柴田元幸 訳

こりゃ面白い。フィリップ・ロスって、アメリカ版私小説のひとだというどっから来たのか分からない思い込みで、殆どすべてが事実に基づいていると思って読んでいて、たしかに連載一回目では一見そのようだが、後日調べたわけでも読みながらリンドバーグで検…

『今宵ダンスとともに』墨谷渉

この号の群像でいちばんの読み応え。もっと注目されていいのになあ、この作家。 すばるでデビューしたときにはどちらかといえば肉体的にがっしりした女性がでてきたりして、フィジカルなマゾヒズムを追い求める感じだったし、一方の要素では、数値化という要…

『赤いリボン』ジョージ・ソーンダーズ 岸本佐知子訳

「正しさ」、とくに社会的な運動のそれ、の恐ろしさを教えてくれる小説。この小説のなかに、いま現実にあちらこちらで起こっていること、あるいは過去におこってきたことが凝縮されて描かれている。これを止めるのは容易ではない。なぜというならば、正しさ…

『Geronimo-E, KIA』阿部和重

読んで暫くして、ああこれはあのひとを殺した事件についてのことだなとすぐに気づく。裁判もなにもせず、いや裁判どころか、他国の領土内でというあからさまな主権侵害をしつつ処刑するという、狂っているとしか言いようのないあの出来事。それほど国際的に…

『Tシャツ』木下古栗

すげー、脱帽だー、なんだこりゃー、うわー、という作品。単行本も晴れて講談社から出たのに今回は巻頭掲載ではないし、直前作でほんの少しながら停滞感があったんで油断してた。やられた。見事に。 巻頭の高橋源一郎に目を引かれてこの号の群像を買って、こ…

『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子

いちど言及したものにたいして再言及するのは今までにないことだが、ちょっと特別に。(ちなみにネタバレあり。) というのは、読んでしばらく経つのに未だにこの小説について考えることがあるという事なのだが、前作『ヘヴン』に共通することで、ひとつ素晴…

『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子

この前の「群像」は間宮緑作品のおかげで読了する時間がややかかったが、9月号も時間がかかった。この作品のせいである。ただしその意味合いは全くの正反対だ。 この作品のインパクトが強かったせいか、読んだあとの余韻がぜんぜん消えようとせず、次の作品…

『温室で』ブライアン・エヴンソン

前回読んだのを含めて言うと、この作家はいっけん全く作風が違うような作品なのに、それぞれが素晴らしいという、なかなかありえないことだなあ、と。この作品は少しサスペンス風で最初から引き込まれる。ラスト近くの「コックを忘れちゃいけない」という台…

『亜美ちゃんは美人』綿矢りさ

これは面白い。思わず噴出したり声に出してしまうということは無かったが、綿矢りさで笑えてしまうとは。 これには、主人公の視点でずっと物語をすすめながら、「わたし」という語を使わず三人称で記述したことも良かったのかもしれない。ときどき主人公の心…

『逸見(ヘミ)小学校』庄野潤三

この号でいちばん面白かったのがこれ。やや厭戦的な気分あり、しかし死ねと言われれば行ってくるかの気配もあり、当時の空気をうまく伝えていると思う。 なんて当時を知るわけない私が言えるのは、あくまでいろんな人の回想記や、インタビューなど見たりして…

『タダイマトビラ』村田沙耶香

読み終わってまず感じたのは、すごい腕力というかなんというか、とにかく力を感じさせる作品だな、ということ。この印象はその殆どがラストにかけての展開から来ている。そのまんま突っ走ってしまうとは、という。 あるいは、押し切ってしまうとは、といって…

『青空』岡崎祥久

素晴らしいなあ。この作品がなかったらボロボロともいえた群像だが、この作品だけでも買ってよかったと思える。 まず冒頭の一行がいい。「すべての逆境に出口が用意されているわけではない」。マジックにかかったかのように、ここから読み進められる一行だと…

連載終了『空に梯子』角田光代

どうして面白いと思っている連載ばかり早く終わってしまうのだろうと思ってしまうが、仕方ない。毎月楽しみを頂いて感謝である。 仙太郎との最後までつづく緊張感のある関係とその変遷が中心で、それだけでも面白いのに、バブル末期のころの世相を描いた部分…

『さまよう/助けになる』ブライアン・エヴンソン

どっちの話も面白いなあ。 「さまよう」では、困難であればあるほど信仰が深まってしまうという、本来幸福であろうとする信仰が逆に困難を求めてしまう様を描いていて、そこから離脱する人もふくめて真に迫っている。人間は、傍からみればなんともヘンな生き…

『不愉快な本の続編』絲山秋子

新潮のこの号の救いがこの作品。地方都市に暮らす若い男性が主人公の話で、そういう部分だけとってみれば「ばかもの」に似たテイストもまったく感じないわけでなく、あの作品から絲山作品にはまりっぱなしの私としては、嬉しさも感じつつ読んだ。と同時に、…

『二人の複数』穂田川洋山

中心はある男が「誰か」に憑かれている(ので複数に見えているかもしれない)という妄想のような話なんだが、そこへ至る話の運びやディテールが工夫されていて良い。主人公の同棲相手がいずことも知れずどこかへ出かけるという入りが何かなと思わせ、また主…

『ちたちた』野村喜和夫

作者の名前には見覚えがあって、金子光晴がどーのこーのというこの上なく興味のもてない連載を同じ「すばる」でやっていた人ではなかったか。だから全く期待していなかったのだが、これが面白い。「すばる」にもこんな面白いものが載るんだなあ、久しぶりだ…

『グスト城』徐 則臣

中国作家の作品だが、なんとアメリカに暮らす中国人の話。偏見であることを前もって断っておくが、さすが中国懐深いというか、ピンキリというか、このアメリカ在住中国人が恐ろしく洗練されているのだ。 読者を楽しませる気の利いた話の運び方ときびきびした…

『美しい私の顔』中納直子

そこそこ長く文芸誌を買ってそれについてのブログとかやっていると、つい技術論的な見方が前面にでてしまうがちになるが、こういう作品に最上の評価を惜しまず与えるためにも、そういうのはときに反省したいところ。「アマチュアの読み」をどこかで維持した…

『甘露』水原涼

内容的には新人らしく、しかし読後感としては新人離れした素晴らしい作品ではないかこれ、といったもの。すごくないか、これ、という。 才能という言葉で片付けてしまうのは、たとえ本当に才ある人に対してであってもその努力を軽んじる言い方になりかねない…

『バックベルトの付いたコート』ミハイル・シーシキン

思いがけず面白かったし、こんな短い作品で感動すら覚えてしまった。 ここには直接的には、口を噤まされた共産圏の人々の人生を「書く」ことによって取り戻すことが主に書かれている。この作家の母親の一生を読むだけで面白い。だがその後、共産圏の人々に限…

『いこぼれのむし』小山田浩子

期待を裏切らない出来であることもそうだが、何より新人賞から間を置かずこれだけのものを発表できるのが素晴らしい。 群像で会社員小説についての評論が連載されていて、出だしはともかくも最近はそこそこ興味深く読んでいたりするのだが、これも一見典型的…

『水を預かる』淺川継太

抜群に面白い。出色の出来で、短編「競」作とうたっているわけだからそれに乗っていえば栄えある一等賞はこの作品だ。真に豊かな発想を持っている人は、話作りに文体に頼らなくても面白いものが書けるのだ。 何しろ本当に何もないに等しいのだ。ただ単に同じ…

『判決』松浦寿輝

このシリーズのなかでは面白い方。平岡のあの性向とからめた話でもあるし。 というか、それどころか、この決して悔悛しないひとたちの「悔悛クラブ」での老人たちとの対話での、平岡の発言「そういうのを文明って言うんだろう」には、ドキリとさせられた。痛…

『マザーズ』金原ひとみ

もちろん毎回楽しみだった事は今さら言うまでもないが、交通事故で子供を失うという出来事以降の盛り上がりはすごいの一言で、圧倒されつつも読む手を止めさせなかった。あるていど作家自身の生活が反映されているだろうなあ、とそれまでは読んでいたのだが…

『鰯を買う』小山田浩子

新潮新人賞を絶賛した自分の目は間違っていなかったと、嬉しくなるエッセイで、「群像掲載限定エッセイ大賞」は今年はこれだろうな。顛末の盛り上げ方がうまく、落とし方が効いている。最後の一行でこれだけ、あっ、ははっとさせてしまうものはあまりない。 …

『私のいない高校』青木淳悟

クソ、とうとう私も青木が出し続けた毒が回ってしまったか、と、この評価をするに際して少し悔しさも感じたんだが、仕方ない。未だに真の理由が分かっていないのかもしれないが、なぜか面白いんだから。 気を取り直しつつ少し客観寄りにいうと、こんな小説読…