2009-01-01から1年間の記事一覧

『逆光』荻世いをら

読んで2週間も経っていないのに、殆ど内容を忘れている。短く言ってしまえばそういう小説なのだが、いま、ざっとページめくって、ああ、そうだった中々アイデアのある作品だったなあ、と思い出した。 逆にいうなら、これだけアイデアのある小説なのに、なぜ…

『ガマズミ航海』村田沙耶香

性に疎外感を感じる(それをほんとうに自分のものと感じない)若い女性が主人公で、この作家がずっと追い続けているもの。 主人公と、そのパートナーの女性とが試みる全く新しい繋がり方が、逆説的で、傍からみれば中々とんでもない事をやっているのだが、そ…

『カルテ』墨谷渉

さまざまな形のマゾヒズムを追及している作家だが、以前よく描かれた、蹴られるとかそういう物理的なマゾヒズムよりは、最近の作品はよりノーマルな人にも分かるものになってきたような。もちろん、分かるというのは、実感として分かるときうのとは違うのだ…

『群像』 2009.12 読切作品

COP15が開かれたのが、この時期の北半球というのは何か意図的なものでもあるのか、と思ってしまうくらい寒くなりましたね。 しかしこれでも、自分が歳のせいで寒さに弱くなっただけで、昔はもっと寒かったような記憶があります。私が学校に内緒でバイク…

『ミート・ザ・ビート』羽田圭介

これから書くことが小説への評価として適当なものになるのか分からないが、とても好感の持てる作品。最初のうち主人公がいわゆる自転車乗りであって、クルマの排ガスだの乗り方だのに文句つけてるときは、日頃から自転車の無法ぶりに腹を立てている私として…

『自称林かのこ24歳』松井雪子

アイスクリーム工場で働く人を白いものたちと表現したりするところが松井雪子らしい。大きなテーマとしては、飼いならされるとはどういうことか、という事なのだろう。人になつかない犬と、体に記憶として残る昔の山姥(?)と、そしてマナー教室に通った自…

『まあめいど』鹿島田真希

鹿島田真希というと、私は構築の人といいたくなってしまう。いかに現実の世界と異なる世界を言語を武器に構築できるか。そしてそれは、通俗なSFが、宇宙船だの違う星だののアイテムだけ置換し、現実の世界そのままが描かれているのとは全く違う。言葉によ…

『狭い庭』合原壮一郎

どうしても作者の年齢を評価に含めてしまいそうになるが、心を鬼にすると、やはりこういうステロタイプな不思議ちゃん女性は、文学にはいらないと思う。実生活でも、こういう出会ったときから不思議ちゃんな人って、意外としばらく付き合ってると退屈だった…

『ディヴィジョン』奥田真理子

読んでから暫く経ってこれを書いているが、見事に人物が残っていない。語り口の奇妙さが無ければ、おそらく読んでいて退屈極まりなかっただろうな、と思う。というか、語り口が奇妙だったことさえ残っていればいい、という事なのだろうか? たしかに、リズム…

『文學界』 2009.12 新人賞ほか読切作品

年末になると今年の3冊とか5冊とかそういう記事が新聞などに載ったりするのですが、そういうのって下期偏重気味だったりするので、ふと思いつきでじゃあ去年2008年の5作品(というか別に何作品でも良いのですが)を、気ままに挙げてみようと思って自…

『実験』田中慎弥

この作家は、とてもゆったりしてはいるけど、徐々に徐々に良くなってきているような気がする。 意図的なものなのかどうか知らないが、今作は笑える箇所も数箇所。『「セックスだって好きなだけ出来るし」言っていて猛烈に虚しかったがどうでもよかった』のあ…

『この世は二人組ではできあがらない』山崎ナオコーラ

そのときどきの心情をメモにでも残しておいて、ただ繋ぎ合わせるとこういう小説ができるのかもしれない。矛盾したかのような心情の記述がなんのてらいもなく吐露されるからだ。 そういう意味では、つまり我々の日々の暮らしのなかで感じる様々なことは小説の…

『高く手を振る日』黒井千次

いやあ。女性が躓いたとき体を支えたのをきっかけにキスって、少女漫画ですか、読んでいる方が照れるなあ。と言いたくなるけど、こういう所に目をつぶるならば、よく書けた作品だし、最後まで退屈することは殆ど無かった。 すっかりボケが入った老人(かつて…

『新潮』 2009.12 読切作品

コンビニの前にバイクを止めていたら、ベビーカーを押していた若奥様にとんでもない大声で叱られました事があります。一瞬何が起こったのかさっぱりわかりませんでしたが、こんな所に置いて倒れて下敷きになったらどうするの、といいたいらしく、どうも自転…

『壁崩壊20年』特集

唯一、芳地隆之氏が訳した、ベーベル・シュライダー氏の論考が面白かった。なるほど、昨今の経済危機は人によっては、東ドイツ国民がかつて経験した崩壊に近いものがあるのだろう(実際には後者の経験の方が想像を絶すると思うが)。 そこでこそ、かつて西ド…

『ネフェルティティと亀』青山真治

子供の居ない夫婦のけっして別れるところまではいかない程度の倦怠が淡々と、しかしときたま粘っこい文章で綴られる。ときに緊張感は生じるのだが、より根底にある信頼は失われず、といった感じの関係だろうか。それ以上の感想はほとんどない。

『のうのうライフ』広小路尚祈

猿を殺せなかった自分をもって、理屈では圧倒的に悪いがそれを責めるのではなく、発想を転換して思い切ってアマチュア=モラトリアム宣言。で、それが成功するかと思いきや、恋愛の場でプロであることを迫られ、抗することが出来ない。 要するにアマチュア宣…

『遠い真珠』谷崎由依

所々に良い文章が散見されるけれども、それを除けば、デビュー作の鮮烈さから後退している印象は否めない。 今作で致命的だと思われるのは、主人公が話を聞く相手の二人の女性が少しも魅力的ではないところ。こんなスノッブな人たちの過去などあれこれ聞こう…

『すばる』 2009.12 読切作品ほか

今頃こんな事書くと教養の無さをさらけ出すようですが、もうさらけ出てるから観念しているので思い切って言うと、親鸞の悪人正機説って、イエスの"貧しきなるものは幸いかな"から影響受けているんでしょうか? 文芸誌の新年号が出揃いましたが、これといって…

連載終了『ピストルズ』阿部和重

ここ数ヶ月の物語の終盤にかけて盛り上がりは流石というべきだが、期待が強かったぶん、全く不満がないわけではない。末の妹(とその父)の超能力の話の比重が大きくて、街にくらす普通の人々が政治的人間としてどのような残酷を働いたかの様子が思ったほど…

『太り肉』吉村萬壱

以前はこういう作品はいたずらに露悪的であまり読む気がしなかったものだ。しかし、ある極限状況におかれないと見えないことというのは確かにある。わたしたちの、この隅々までオブラートに包まれた暮らしが隠蔽しているものを吉村作品は暴く。我々の男女の…

『声』津村節子

どこまでが事実か私にはさっぱりだが、夫であるあの作家を悼んでの作品で、以前にもそういうのがあった。今回はなんと夫の霊に会えるかもしれない、という所までいっているのだから、相当に悔いがあるという事なのだろう。 しかしやはり霊媒師に降りてきた霊…

『未明の闘争』保坂和志

七年ぶりの小説と目次にあって、期待する人も多いのだろうが、殆ど期待していない人がここに一名。いきなり出だしすぐの二行目から、「私は」の主語が見つからない変な文章に面食らう。 それでも夢の話とはいえ、普通の情景描写が続き、それほど変わった小説…

『群像』 2009.11 読切作品ほか連載など

惰性で続けているかのようなブログへようこそ。 間があいたのはパソコンが壊れて修理に出していたのもありますが、PCデポに行ってみたら自分のと同じレベルのパソコンが2万くらいで売っていて、半ば予想していたとはいえ、驚きでした。むかしPC−DOS…

『汗と凍結』椎名誠

前回の砂漠編よりは興味深く読めた。極限に寒い地方ではクルマにチェーンは必要ないか。成る程、滑るのは融けるからだもんね。 若き頃の肉体労働の部分も、ある目の弱いおやじが登場し、そのおやじが生き生きと描けているせいかそれほど退屈しない。 しかし…

『橋−後編−』橋本治

必読の作品。前編を含めてもう本屋さんには置いてないだろうけど。 しかし私が鈍いせいなのか、橋という題名がまさかあの橋をも意味していたとは・・・後編の後半を読むまで全く気付かなかった。2件の、当時は、かなりセンセーショナルに報じられた殺人事件を…

『文學界』 2009.11 読切作品

タバコ増税弱いものイジメ問題以降、どうしても民主党に厳しい目を向けてしまいがちな昨今の私ですが、事業仕分け云々の政治ショーは見ていて胸が痛くなりました。 公開の役人イジメではないですか。公開でこういう議論がなされるのは良いこと、とかいうTV…

『四方田犬彦の月に吠える〜第23回"赤軍の娘〜"』

いつもわりと楽しみにしている連載なのだが、今回の冒頭で"後続世代の社会学官僚"と揶揄しているのは小熊英二氏の事なんだろうか。でないにしても、少し違和感のある四方田氏の言い方ではあった。 というのは、全共闘世代の人たちもまたかつてそのようにして…

『シャトー・ドゥ・ノワゼにて』諏訪哲史

フランスの田舎を旅する新郎新婦の話。主人公である新郎の内省と、「」でくくられる現実の新婦との会話だけでなく、《》で想像上の会話を新婦と交わすのが面白い。こんな小品であってもありきたりな普通のものは諏訪氏はやはり書かないのだ。 ただしせいぜい…

『神キチ』赤木和雄

もはや新潮の新人賞にはあまり期待していない私がここにいるのだが、それは私だけどころか、新潮じたいがせっかくの新人賞を巻頭に掲載しなくてどうするのだ。少なくとも辻原作品よりは面白いのに。 とくに冒頭の数ページなどは一体何が起こるのだろうかとい…