面白い

新人賞受賞作『最後のうるう年』二瓶哲也

2作受賞となるとつい比べて語ってしまうのだが、上記作品になくてこの作品にあるもの、それはうまく表現できないが、ある倫理的な何かだと感じる。小説技術的には上記の作品のほうがむしろ感心させられるところがあったし、この作品は無理に「お話」を作ろ…

『クチナシ』馳平啓樹

前作や、前前作にあったような、登場人物のまわりの空気に自分もまた囲まれているような鮮烈な印象は受けなかったが、こういう「特異さ」を競わない、三流私立を一浪して就職したような中層のひとたち、夫婦のすれちがいをリアリズム小説としてきっちり作品…

『天空の絵描きたち』木村友祐

高層ビルの窓を拭く仕事をしている人たちの話。つまりは下層労働者の話で、この作家は一貫しているなあというところ。下層が善玉で上層が悪玉という単純左翼的世界観が気になる向きもあるだろうが、物語のつくりが巧みなのでそれほど抵抗なく入り込めるし、…

『脱走』磯崎憲一郎

連作の四回目。三回目の作品にはここでは触れなかったが、相変わらず筆(とうかキーボード?)一本で、つまり想像力で現在をどこまで突き崩すことができるかというところは変わらないものの、やや読者として磯崎作品に慣れてしまった面もあるのか、正直書か…

『西暦二〇一一』松波太郎

徐福伝説が出てくるのだが、はてどこか別の作品でも言及していなかったか? ともあれ著者はよほどこの伝説に何か感じるところがあるのだろうが、とくだん現代と重ね合わせる意義については今一つ掴めない。だが、もしかしたら、徐福伝説を過去の出来事として…

『曖昧な風が吹いてくる』馳平啓樹

他の作家のところでは余剰過剰が欲しいとかいっておきながら、こういう保守的で進歩のないソツのない作品に好意を抱いてしまうのだから、小説の肝所というのはなかなか一般化というか人には説明しにくいのです。 というわけで早くもこの作品の魅力を書くにあ…

『東武東上線のポルトガル風スープ』荻世いをら

この作家について、以前はけっこう文句言ったように思うが、ここまで徹底していると文句もない。語りのうまさ、面白さで読ませる小説で、そういう意味ではいかにも純文学らしい小説で、全く合格でグッドな作品。とくに冒頭からしばらく続くどうでも良さと回…

『人間性の宝石 茂林健二郎』木下古栗

冒頭から無茶苦茶な理屈で自分をコントロールしようとする人物が出てくるのだが、木下氏、さいきんかなりマジな気がするのは私だけだろうか。それとも、最近やっとこさ晴れて国会議員のバッジをつけることが出来たれいの和民の創業者に関する木下氏の厳しい…

『あさぎり』上村渉

中盤は、気の置けない仲間に囲まれて弁当屋やって、中学生も更生できそうになって、みたいな心温まる雰囲気になりつつも、単純なハッピーエンドにはしていない。ものすごく強引だが、それはこの地の場がそうさせている、登場人物たちを虚無に追い込んでいる…

『塵界雪達磨』日和聡子

群像のぶっとんだ作品に比べると大人しいが、ひとつの日和世界を築いてしまった感じだ。極端にいうと、スマホの地図アプリはどれが一番かを激論している日本昔話の登場人物たちみたいな。ただし、一見バカかこれ書いた人はと思わせつつ、一本、日和ならでは…

『埋み火』木村友祐

経営者的立場にある主人公が、同郷の知りあいと再会し、酒の席でその男の話を聞く。とくだんこれといった仕掛けもないようなリアリズム小説。敢えて言うなら、その男のリアルな訛り混じりの語り口が特徴か。こういうのは以前のこの作家の作品でもみられたよ…

すばる文学賞受賞作『狭小邸宅』新庄耕

選評をすこし目にしてから読んだので、不動産業界あるある的ものかと少し不安に思ったら(あまり興味がないので)、どちらかというと、営業社員あるあるな感じで、お調子者の社員、ダメダメな社員など、どこの業界でも見られる人々が出てくるが、なかでも出…

『渦巻』橋本治

もはや確立されたといってもいいスタイルで描く橋本治のこの手の小説は、近過去歴史小説のようでもあり、高度成長期を頂点として完成された近代というもののひとつの貴重な証言記録だろう。なにしろこれからは食糧問題、エネルギー問題、経済成長がこれ以上…

『東京五輪』松波太郎

いま発表されれば最高のタイミングなんだろうけれどな。たんに題名的には。 現代の主婦が主人公となっているが、その主婦がある日知ってしまった逸話の主人公である、マラソンランナーの円谷幸吉が隠れた主人公とも言え、いきなり頂点にたってしまい下るしか…

『存在しない小説』いとうせいこう

この人が新作を書かない時期に文芸誌を読み始めたので、これほど書ける人とは思わなんだ、という。 いっときの「すばる」ほどではないが、辻原登、いとうせいこう、と充実してきた連載陣ではある。しかし、暫くは買わないよ。

『快楽』青山七恵

身の丈に合うというかそれまで体験してきたような身近な事柄で書けばいくらでも秀作を書けそうな青山氏だが、次から次へと「それまで以上・以外」にトライして成功しているんだから、成長スピードといい力量といい唖然とするほかない。話は、2組の男女がイ…

『私はあなたの瞳の林檎』舞城王太郎

掲載誌によらず、舞城の思春期多言モノとでもいったらよいかこういう作品は、どれも面白くないということは絶対ないのだが、予想を超えるものもなくて余り書きたいことがない。土地が個人的にやたらと馴染みがあったりはするのだが。ちなみにどうでもいいこ…

『肉骨茶』高尾長良

拒食症の若い女性が主人公なのだが、なぜ拒食症に至ったかという肝心な所を含めて、心理をあえて深く描かず、ただ主人公の行動、主人公に降りかかる出来事を追っていく。テンポがよく、そういう所を中心に評価している選考委員もいたようだが、私には、わり…

『ハルモニア』鹿島田真希

肝心の芥川賞受賞作品を読んでいないのだが、この作品久しぶりに、群像の「ゼロの王国」以来になるか、面白いと感じた。たぶんご本人は一貫して書いているつもりなんだろうけれど、作品によってはどうにも設定にしっくりこなかったりもして、言ってみればつ…

『ニイタカヤマノボレ』絲山秋子

なんか恐ろしい雰囲気のある小説。 共同体の規範的なものを迫る男性と別れる事になる女性が主人公。で、彼女はアスペルガーで、鉄塔のたたずまいのあいまいさの無い事実性を好む。 私などはつい、なんとなく反原発な世間への批判としてこの小説を受け取って…

『IT業界 心の闇』木下古栗

この作品のまえに読んだ2作が、はっきりしたコンセプトを感じさせる完成度の高い作品だったのに比べると、正直一段落ちるかなあ。あるOLが上司に頼まれてその妻に、上司の浮気相手のになりすまして謝りに行くという話なのだが、無茶苦茶な展開が、ただ無…

『mundus』川上弘美

以前だったら、3、4年前だったら、即「つまらない」と切って捨てただろうけれど、なんつーか独特の面白さを感じる部分もあって、これは慣れなんだろうか。それに、こういうものは川上でなければ書けないというところもある。 人間らしさもあり、動物のよう…

『屋根屋』村田喜代子

この人はおなかの中の子供がしゃべったりするようなものより、こういうリアリズムのほうが断然いいんじゃないかな。しかも主人公が作家本人に近い年齢・性別っぽく、それが尚更一人称の文章を生き生きさせているような。というわけで、前半は非常に面白く読…

『錵(にえ)』藤沢周

あちこちで人員整理があって、日経などその手のニュースを見ないという日はないというくらいの昨今だから、平日の図書館にはこういう鬱屈した男が昔よりけっこう居るんだろうなあ、と思う。ただでさえ、団塊退職者がどっと出てきているのに。けっこうリアル…

『地蔵丸』古井由吉

今回は子供の泣き声がどこかからする、という空耳もの。でもいかにも古井氏らしい情景描写のほうにやはり惹かれる。「人は追いつめられて、姿ばかりになることがある。」と後半にあるが、これは、名文であり、名言だなあ。

『人は皆一人で生まれ一人で死んでいく』木下古栗

今作も無論傑作で、後半の怒涛ともいえる言葉の渦を読んでいると、自分が日々浴びている情報を取捨選択し整理整頓しているという正常さに、なんかもやもやした気分の悪さすら感じる。だが、気になるのは、いままで徹底して無意味に笑いのみ追及してきたのが…

『三姉妹』福永信

戯曲の体裁で誰かがつぶやいているのだが、その本文は抽象的で何を書いているのかすぐには分からず、核心のまわりをただようような感じなのに、より小さい文字で「今回のあらすじ」が載せられていて、これと合わせて本文を読むと辛うじて書いていることがや…

『正直な子ども』山崎ナオコーラ

小学生モノ。ナオコーラ読んで面白かったというと相当昔になってしまったりするのだが、これは読んで単純に受け取れて単純に面白い。この作家は、へんに「深い」ものを書こうとするとイマイチだったりするから、こういうのが・・・・・・、とつい言いたくなるが、…

『猫キャンパス荒神』笙野頼子

はっきり言ってこの訳の分からなさは圧倒的だ。台所神だか何だか知らんが、学が浅いのでどこまで実際にある神話をベースにしているのかさっぱり分からんが、その神さまが自らのもとに来ることになった由来が、誰々神から誰々神が生まれ、あそこに派遣されて…

『未来の読者へ――「子ども」の小説と「原発」の小説を書いて』高橋源一郎×川上弘美

このお題目で対談して、高橋源一郎が「9・11と3・11は大きかった」といったのをうけて、川上が「私はサリン事件かな」と返したところ、この空気の読めなさがすごい好きだ。川上弘美は小説家だな、と思ったのであった。高橋はやはりただの近代文学=国…