面白い

『給水塔と亀』津村記久子

最近はエンタ系読み物誌もふくめあちこちで津村氏の名前を見かけるので、作者に近しい若い人ばかりが主人公であるということはもう既に無くなっているのかもしれないが、少なくとも私が、でないものを読むのは初めて(と思う)。定年退職した男性が、幼い頃…

『島で免許を取る−最終回』星野博美

島でとった免許が東京で役に立つのか書いて欲しいとこのブログで書いたが、すでに書かれていた。頑張っておられる様子。というか、迷いながらもちゃんと帰ってこれるところなど予想以上で、池袋から川越街道に入ることが出来ずに明治通りを延々北上して半泣…

『今井さん』いとうせいこう

雑誌などに載る対談などのテープ起こしを仕事にする人の話で、たしかによくよく考えてみれば、一般常識はむろんのこと、対談する人の専門分野について相当程度の知識がないと、成立しないとまでは言わないが(編集側でチェック・助言すればいいので)、円滑…

『ライ麦畑でつかまえてくれ』佐藤友哉

編集側と行き違いみたいなことがあって以降、戦後文学の再読という当初の目論見とはちがって、とくに震災があって以降は、なんか愚痴というか好きなことしか書いてないような感じだったけど、だからこそ楽しませてくれた部分があったように思う。お疲れ様で…

『旅人』長嶋有

長嶋流ユーモアがいまいちピンとこなくて面白さを感じ取れなかった回もあったが、今回は、故人の意思なるものがその死後どう扱われるかということについて、分かるなあその感じ、というところがあった。自分が死んだ後は適当にしてというひとに立派な戒名が…

『奇貨』松浦理英子

中盤から後半にかけて主人公が同居人の部屋に盗聴器をしかけるあたりで動きがでてきてがぜん面白くはなったけれど、多くは、性交渉の気配すらなく友人として同居するストレート男性とレズ女性を中心として、性、あるいはもっと広くコミュニケーションという…

『日記と周辺』川崎徹

作者の母の最期の日々を描いたもの。ところどころの記述から現実にかなり近いところにあると思われる。 こういう内容で私が悪い評価をすることは先ず無いのだが、入院した母親の付き添いを妹と同時に入れ替わるように行っていて、より円滑にそれが行えるよう…

『出日本記』大澤信亮

タイトルから想像されるとおり、震災がきっかけとなって考えたことが綴られているもの。 全体としてみればいたって真剣で、というか真剣すぎて、そのせいかどうか、前半で平野啓一郎だとか東浩紀とか、あるいは西へと居を移した(「逃げた」と表現するひとも…

『窓の内』古井由吉

これまでの似たような長さの連作にくらべて、話があっち飛んだりこっち飛んだりという印象をもった。 過去に人を殺めたことがある人のその表情のなかに、長い時間かけて、殺められた人の表情が入り込んでくる、などといういかにも古井作品らしい話がでてきた…

『とつきとおか』中納直子

中心に描かれるのは、あるちょっとだけ足りない若い女性の妊娠なのだが、ちょっと足りないというのは、べつに知能が足りないとかそういうのとは微妙に違うことで、たとえば抜け目ないとか要領がいいとかいわれるのとはまったく逆の性格であるということ。 小…

『お花畑自身』川上未映子

夫が経営する会社が傾いて、そのせいで、それまで住んでいた立派でしかも趣味のよい一戸建てを、急に手放さねばならなくなった主婦のはなし。その一戸建てはとうぜんそういう種類の家があつまるような閑静な住宅地にあるわけだが、不動産屋の仲介があって買…

『窓の幽霊』田山朔美

んー。誰かが殺鼠剤を使って主人公が面倒見ている野良猫を殺そうとしているようだ、というあたりまでは面白く読めたのだけれど。 熟年離婚寸前というような状態にある高齢の主婦が主人公の小説なんだけど、ほんのちょっとしたきっかけでダンナだってそう悪い…

『ある日の、ふらいじん』伊藤たかみ

震災をおもなテーマにした小説で、被災地にいって自転車を直すみたいな話よりは身の丈で考えていてよほど共感できる内容だった。震災を機にいっきに性急になったような雰囲気にたいする違和が主につづられる。そのなかにはたぶん小説家の震災をうけて発せら…

『過去の話(新連作シリーズ第一話)』磯崎憲一郎

文字通りというか題名どおり過去の話で、エッセイといわれてこれを読ませられれば人によってはそう受け取ってしまうような、どこまで事実かどうか分からないようなギリギリのところを狙って書かれている。もちろん、読むものの内部をさほど変えずただ共感を…

『島で免許を取る』星野博美

途中楽しく読ませてもらったが、なんだかんだで卒検あっさり受かってしまったようだ。となると多分次の号で最終回となると思うけれども、五島みたいなところで免許をとって、東京みたいな、路駐がわんさかで、さいきんは自転車も車道を原付並みのスピードで…

『虹色ノート』木下古栗

物語の入りとラストは最高に面白いんだけどな。サクっと纏めると虹色の糞をする男の話だ。青い食べ物食うと青い糞をする。黄色い食べ物を食うと・・・・・・あーあ。 群像の鼎談の担当者は「Tシャツ」だけじゃなくてこちらも取り上げて是非参加者のコメントを読み…

『13の“アウトサイド”短篇集』本谷有希子

作風がやや固まりかけていたのが、「ぬるい毒」でやや違う方向へ歩みだし、この短編のかずかずで、より世界が広いことが確認できた。その一方でやや既視感のある本谷ふうユーモアだなでおわってしまうものもある。本人はたぶんそんな気持ちはぜったいないだ…

『耳の上の蝶々』シリン・ネザマフィ

主題そのものは恐ろしく古く、近世的因習VS近代的自我だし、その近代的自我の自己実現が、主人公が淡い思いを寄せる日本人男性にあっさり実現されて、現代的な経済の需給バランスの悪化による歪み・苦しみは殆ど描かれていない。 よって現代文学作品として…

『髪魚』鈴木善徳

比べてしまって恐縮だが同時受賞の宿命と思っていただいて、で読み始めて数ページは、あー非リアリズムかあこれは苦痛かも両方面白いってなかなかないよね、で読み終わったあとは、一作目の印象が少しかすむくらい。 なにしろジジイの人魚だ。こんな中途半端…

『きんのじ』馳平啓樹

丁寧に書かれているなあ、というのが最初の数ページの印象で、とくに凝った文章はなく頭に内容がすんなり入ってくる。目立たないように気が配られているのだろう。 主人公は大学を出てはみたものの、良い就職先が見つからず、苦労して(というか、既存社員が…

『“フクシマ”、あるいは被災した時間』斎藤環

なんか、連載が始まった頃文句をいった覚えがあるのだが、放射能の害をいいたてるものから、放射能の害を言い立てるものによる害を問題にするようになってきていて、失礼な言い方だが、どんどんまともになって、頷きながら読んでいる。 文学界隈は、ノーベル…

『電線と老人』中原文夫

強力な連載陣を除けば、小説ではいちばん巻末のものが面白かったという結果に(すいません原田マハさんのは読まずに言ってます)。死をやたらと恐れ、日々綿密に計画を練って、診療科目ごとにもっとも良い医者をもとめて病院通いをする金持ち老人を扱ってい…

『神風』黒川創

語り手ではなく、小説で主に語られる音楽家にはとくにシンパシーをいだくことは無かったが、その超絶感には興味をそそられた。一歩ひいたとこにさえいれば、コスモポリタンでいられる、あの地にはここに出てくる彼女のようにそういう心性をもったひとが沢山…

『金原ひとみの「私」曼荼羅』田中弥生

私がかってに尊敬している田中弥生。氏のおかげで、なぜ金原ひとみの『マザーズ』のなかで幼児虐待が起こったかについて、今頃になって、そういうことだったのか、と知る。非常に説得力があった。

『わたしが聞いた車内アナウンス』川崎徹

「冷房を切りにしております」がなんかおかしかった。でもこれ、おかしいと感じない人はまったくおかしいと思わないだろうね。私もちょっと笑ってしまうが、このくらいは許してもいいか、と思う。

『ミステリオーソ』松浦寿輝

ジャズをあまり知らない人が読んで面白いかなこれ、とも思うが、あのモンクだったらあってもおかしくないなあというギリギリのところを狙っていて面白い。また、いちばん小説のメインとなる出来事をめぐって主人公が、2、3秒の余裕もなく一瞬のうちに人生…

『明滅』藤沢周

まったく覚えのないところから香典返しが届くという出だし。中村文則の小説なんぞよりよほど何で何で?と読みたくなる。 というわけで面白くは読めたのでこういう評価だが、しかし、知りすぎていて却って忘れていたはちょっと文学的過ぎて無理があったかなあ…

『青痣』西村賢太

この作家に関しての評価はこのへんで多分落ち着いちゃうんじゃないだろうか。ほとんど変化らしいものはないから。 まだ従順さが残っていた頃の、貫多と秋恵もの。以前「オリシー」という言葉がでてきたのを思い出させたが、今回もそのパンツの汚れに関して男…

『僕らはハッピーエンドに飢えている』松波太郎

とりあえず読んで笑えるところがあればポイント高しっていう基本的な方針でやっているので。カナダってカナダ語ってははは。 この人は市井のおもろいひとを、まるでそのまんま、こういう人がいてもおかしくないという感じで描くのが上手いよな。知り合いが、…

『説教』墨谷渉

直近に読んだ作品があまりに面白かったので、ついほんの少し物足りなさを感じてしまったが、どんな傾向のことが書かれているのがある程度分かっていて、それでも面白く思えるというのは、良いことなのかどうか。もはやファンともいうべきレベルになりかかっ…