『窓の内』古井由吉

これまでの似たような長さの連作にくらべて、話があっち飛んだりこっち飛んだりという印象をもった。
過去に人を殺めたことがある人のその表情のなかに、長い時間かけて、殺められた人の表情が入り込んでくる、などといういかにも古井作品らしい話がでてきたりもするが、一番印象的だったのは、ただ窓から外を、午後日が傾いてくるまで飽かずに、なんの変哲もない隣の家との間の狭い空き地を眺めて過ごす50代前後の男が出てくるところだった。ここを描いただけで一遍の小説の価値がある。他人というものをわが身に置き換えて理解しようと人はするが、そして多くの場合それはそれでいいのだが、ここにあるようなこの置き換えがたさ、まさに置き換えがたいという点においてその存立を認知するような感覚が、生きていて我々にはたしかにあったりする。