『トゥンブクトゥ』山下澄人

しょうもない言葉遊びはなくなったのだけは良かったが、前作で書いた事以外に書くことは殆どない。ようするに、何の区切りもなく視点を切り替えたり時空を行き来するような、読者を自由にするというよりは結果として混乱に縛りつけるような「技術」以外に、…

『寺部海岸の娘』広小路尚祈

地方の工場労働者の話。というと暗い何かを予感させるが、東海地方といえば北陸の一部とならんでじつは世界有数の技術集積地帯でもあるし、実態以上に深刻方面に傾き加減になるのも文学の陥りやすいところで、この作者と同年代かそれ以上の年代の者にとって…

『こなこな』原田ひ香

いっけん何のこと?と思わせる題名で、こう思わせただけで、お笑いでいえば掴みにあたるそれは成功しているのだが、ぶっちゃけ料理の材料の粉のこと。ふだんの料理で粉そのもので何かを造形することなどなく振りかけるか少量混ぜ込むかくらいしか使わないの…

新人賞受賞作『最後のうるう年』二瓶哲也

2作受賞となるとつい比べて語ってしまうのだが、上記作品になくてこの作品にあるもの、それはうまく表現できないが、ある倫理的な何かだと感じる。小説技術的には上記の作品のほうがむしろ感心させられるところがあったし、この作品は無理に「お話」を作ろ…

新人賞受賞作『隙間』守山忍

一日一日で区切りつつも、その都度変化を加えた話の入り方をしたりして、技術的にはじゅうぶんなものを感じさせる。文章の隅々まで気を配られている感じもしたが、いかんせん、ここまで何も起こらない小説では、これまでの受賞作などに比べちょっと拍子抜け…

『クチナシ』馳平啓樹

前作や、前前作にあったような、登場人物のまわりの空気に自分もまた囲まれているような鮮烈な印象は受けなかったが、こういう「特異さ」を競わない、三流私立を一浪して就職したような中層のひとたち、夫婦のすれちがいをリアリズム小説としてきっちり作品…

『夜を吸って夜より昏い』佐々木中

担当編集者と、文學界で新人小説評をしている方、以外に、この小説を最後まで読みとおした人はどれくらいいるんだろう。文語調というか詩というか、読みづらくてしかたなく、前半だけであまりにつまらなく2回は寝ただろうか。まさか金井美恵子のほうが読み…

『天空の絵描きたち』木村友祐

高層ビルの窓を拭く仕事をしている人たちの話。つまりは下層労働者の話で、この作家は一貫しているなあというところ。下層が善玉で上層が悪玉という単純左翼的世界観が気になる向きもあるだろうが、物語のつくりが巧みなのでそれほど抵抗なく入り込めるし、…

『脱走』磯崎憲一郎

連作の四回目。三回目の作品にはここでは触れなかったが、相変わらず筆(とうかキーボード?)一本で、つまり想像力で現在をどこまで突き崩すことができるかというところは変わらないものの、やや読者として磯崎作品に慣れてしまった面もあるのか、正直書か…

『□(しかく)冬』阿部和重

体の一部を食してみたり何かを装着してみたりと少し90年代SFっぽい世界。いや90年代というのは、私がSFについては90年代までしか知らんからなのだが。ただ出てくる人物はまちがいなく現代に接続されていて、虚無的でありながらも、もはや虚無的で…

『問いのない答え』長嶋有

なんでこんなものに付き合わされるのかと苦痛極まりなく、借りた本なので偉そうなことはこれ以上いえないが、この連作ではiPhoneやツイッターなどが小説内で重要な役割を果たしているのが特徴。読みながら一瞬、ツイッターとかがこんなにつまらない使われ方…

『奇(くす)しき岡本』高樹のぶ子

人物が描けていないからダメ、というのは、いまや誰一人として行わない類の類型的な批判だが、ここに出てくる主人公女性があまりに素朴で現代との接続感がなく、そう言わざるをえない。ただし優しい私は小説として批判するわけでなく、掲載誌が違うんでない…

『関東平野』北野道夫

なんかこれまでの北野作品に比べ、作品自体も短めであるばかりか内容も地味というか仕掛け的なものも余りないように感じたのだけれど、これ芥川賞候補にたしかなったんだよね? さいきん賞の動向にますます興味が薄れていて後からどこかでちらりと目にしただ…

『ピーナッツ』中山智幸

なんか文學界作品はどれも「普通」か「面白い」ばかりで、こきおろしも大絶賛も少なめだが、実際のところは意図せずそうなっているわけで、ストレス解消したい私も淋しいのであります。(さいきんはもう予めあまりに面白くなさそうなのはトライしていない、…

『西暦二〇一一』松波太郎

徐福伝説が出てくるのだが、はてどこか別の作品でも言及していなかったか? ともあれ著者はよほどこの伝説に何か感じるところがあるのだろうが、とくだん現代と重ね合わせる意義については今一つ掴めない。だが、もしかしたら、徐福伝説を過去の出来事として…

『曖昧な風が吹いてくる』馳平啓樹

他の作家のところでは余剰過剰が欲しいとかいっておきながら、こういう保守的で進歩のないソツのない作品に好意を抱いてしまうのだから、小説の肝所というのはなかなか一般化というか人には説明しにくいのです。 というわけで早くもこの作品の魅力を書くにあ…

『仲良くしようか』綿矢りさ

心情をあからさまに吐露した私小説的な内容のヒリヒリした小説で、『勝手にふるえてろ』あたりから難しげで高尚にみえる言い回しには背を向け開き直ったようになってから『ひらいて』でまさしく全開に開いてしまった綿矢りさが、ふたたび三年前に戻ったかの…

『司馬遷の墓』楠見朋彦

なんか長嶋有みたいな感じ。いまの私にとっては、長嶋有みたいというのは、悪い意味になるんだが。ただ無論、この作家の作品は文「芸」以外の人にとっても開かれている。

『ギッちょん』山下澄人

これを読まされたあとで振り返るなら、そりゃ前田司郎の小説に甘くなるというもの。 例によって章だてで、章の名前に工夫がなされているが、その時点でウンザリしますね。はいはいはいはい・・・・・・。こういう工夫が、ぜんぜん小説の動力になっていないのね。こ…

『悪い双子』前田司郎

以前だったらこの小説に、オモロない、と迷いなく断じていただろうが、後々述べる理由によりこの評価。よくよく省みるなら所々面白い表現はあるし、自分は失われた双子であるという発想もなかなかの着想といえる。ステンレスの棒云々のオチではなるほどと思…

『夜蜘蛛』田中慎弥

ある小説家が男から長々とした手記をもらい、小説の内容の殆どはその手記の内容なのだが、こういう仕掛けの、「独白延々続きもの」はしばしば見られた、いわばこの作家の得意技とも言えると思うだが、以前はそのあり得なさ感で途中で読めなくなることもあっ…

文學界新人賞『こどもの指につつかれる』小祝百々子

なくした右腕が語る、という設定ではありながら厳密な右腕視点を貫くほどでもなく、神視点というか持ち主の内面語りと区別なくなってきたりしていて、それは技術上の難点というよりは分かっていてやっていることなんだろうけれど、読む方としては読む手がと…

『河童日誌』鈴木善徳

非リアリズムものだが、基本の枠組みでは誰もが思いつかないというほど突拍子もないシチュエーションでもなく、それはデビュー作でも同じなのだが、その仔細においてはややデビュー作のほうが上回る感じか(そりゃまあジジイの人魚にはかなう訳ないんだが)…

『東武東上線のポルトガル風スープ』荻世いをら

この作家について、以前はけっこう文句言ったように思うが、ここまで徹底していると文句もない。語りのうまさ、面白さで読ませる小説で、そういう意味ではいかにも純文学らしい小説で、全く合格でグッドな作品。とくに冒頭からしばらく続くどうでも良さと回…

『文學界』2012.5〜2012.12 まとめて

狭い道で後ろから車が抜くに抜けず渋滞になりかかっているのに、マイペースで道交法上車両でございますとばかりにノロノロ走り続ける自転車乗りが、事故死だろうが病死だろうが工作員による拉致だろうがとにかくこの世から消えて居なくなることを毎日神様に…

『人間性の宝石 茂林健二郎』木下古栗

冒頭から無茶苦茶な理屈で自分をコントロールしようとする人物が出てくるのだが、木下氏、さいきんかなりマジな気がするのは私だけだろうか。それとも、最近やっとこさ晴れて国会議員のバッジをつけることが出来たれいの和民の創業者に関する木下氏の厳しい…

『あさぎり』上村渉

中盤は、気の置けない仲間に囲まれて弁当屋やって、中学生も更生できそうになって、みたいな心温まる雰囲気になりつつも、単純なハッピーエンドにはしていない。ものすごく強引だが、それはこの地の場がそうさせている、登場人物たちを虚無に追い込んでいる…

『俺の革命』墨谷渉

この作家は上記の日和聡子の比ではないこの人ならではの作風、世界をもってずーっとやってきていて、もうハズすことがない。にっちもさっちもいかない、あえてがんじがらめに不自由な状況に徹底的に自己を追い込むこと。人間性をなくした世界へ、あえて自ら…

『塵界雪達磨』日和聡子

群像のぶっとんだ作品に比べると大人しいが、ひとつの日和世界を築いてしまった感じだ。極端にいうと、スマホの地図アプリはどれが一番かを激論している日本昔話の登場人物たちみたいな。ただし、一見バカかこれ書いた人はと思わせつつ、一本、日和ならでは…

『目の中の水』瀬川深

殆どの小説家が直接描かないのに、このあからさまに震災関連な感じはなかなか勇気がいるだろうなあ、と思いそれは評価するものの、題材の表面的なこととは裏腹に読んで感じるものは少ない。 小説の小説的な部分、というか文芸的な部分、あるいは技巧といえば…