『今井さん』いとうせいこう

雑誌などに載る対談などのテープ起こしを仕事にする人の話で、たしかによくよく考えてみれば、一般常識はむろんのこと、対談する人の専門分野について相当程度の知識がないと、成立しないとまでは言わないが(編集側でチェック・助言すればいいので)、円滑に進んでいかない仕事だよなあ、と思う。われわれは印刷されてあるものに慣れてしまっているが、それが音でしかなかった場合は随分と違うものだろう。
でそのひとが、ある対談出席者に(編集をつうじて)言ってないことが言ったように起こされているみたいなややクレームに近いことをいわれ、それにたいする反論を、みずからの仕事の来歴から概要まで長々と語ったのが本作なのだが、面白いのは、この主人公、最初から反論を「書け」ばいいのに、いったんしゃべってそれをわざわざ起こして書いているところ。一見面倒に思うが、長年のテープ起こししてきたこの人にとってはそのほうが楽だという可能性があり、それが本当だとしても、けれど、この人自身が告白しているように、しゃべったことを起こすにあたっては、音をそのまま写すのではなく整えることが必須なので、けっきょくは普通の、主人公が語るタイプの小説と区別がつかない。それが面白い。