『過去の話(新連作シリーズ第一話)』磯崎憲一郎

文字通りというか題名どおり過去の話で、エッセイといわれてこれを読ませられれば人によってはそう受け取ってしまうような、どこまで事実かどうか分からないようなギリギリのところを狙って書かれている。もちろん、読むものの内部をさほど変えずただ共感を促すようなものとはあきらかに異質で、その意味でまちがいなく小説なのだが。子犬の話とトラックの荷台を追いかける話がとくに印象深く、ドバイには行ったことがある人は少ないだろうが、こういうネタなら誰しも少しはあるのかもしれない。(だからこそ読めるわけで。)
しかし、子犬を指差されたことを指令が降りたかのように着想できるような面白い書き方は、おそらく誰にもできないだろうが。
ここに書かれた話のかずかずを、記憶というのはどう刻まれるか本人にも分からない不思議なものだ、だとか、時間というものは直線的ではないだとか、そういう話には落とし込みたくない気がする。なぜならモノという意味だけでなくできごとの固有さがきっとここには書かれているからだ。