『とつきとおか』中納直子

中心に描かれるのは、あるちょっとだけ足りない若い女性の妊娠なのだが、ちょっと足りないというのは、べつに知能が足りないとかそういうのとは微妙に違うことで、たとえば抜け目ないとか要領がいいとかいわれるのとはまったく逆の性格であるということ。
小説自体は、この女性がはらんだ子供がおなかのなかの視点から見る光景も多く描かれていて、効果として面白く読めた点もあるが、全体としては少し凡庸な試みかなあという気もするし、なんかちょっと風変わりの女性が出てきてこんな人必要だったのかと思うところもあって、評価を少し下げてしまったが、好感度は高く、好きな小説である。やはりなんといっても、このいなたい(←より適切かもしれない言葉をいま思いついた)女性の生きているさま、交際相手(種馬)との出会いや会話の様子などがとくに読ませる。この「飾り」とか、「含み」とか「ウラ」のなさが。で、新自由主義グローバリズムだというなかで格差云々がすでに言われて久しいが、こういうところを切り捨ててはぜったいにいけないのだと思わせる。それはたんにセーフティネットを用意せよとかそんなことではなくて、こういうところの人々まで生きていて、少し苦しいけどそれでも差し引きすれば生きていて良かった楽しいと思わせるような世界でなければぜったいにおかしいのだ、とあらためて思わせる。
でまた、かといって、この小説ではそういう彼女を絶対善みたいなものとして描いているわけではなく、ちょっとしょーもないかもという俗っぽいところも描いていて、小説でみずからよりも「下」にあるものを描くのはわりと難しいんじゃないかと考えている私は、とくにあざといという感じも読者に抱かせずにこういう人物を描ける作者は、ある一定以上の資質は無論のこと、ひとと生を共にするという意味での共生の感覚がベースにきちんとある気がして、これはこれからも強みなのではないかと思う。