すばる文学賞受賞作『狭小邸宅』新庄耕

選評をすこし目にしてから読んだので、不動産業界あるある的ものかと少し不安に思ったら(あまり興味がないので)、どちらかというと、営業社員あるあるな感じで、お調子者の社員、ダメダメな社員など、どこの業界でも見られる人々が出てくるが、なかでも出色なのが、他の業界から来たのか経歴が不明ぽくてよく分からないが寡黙で周りに私的な部分をさらけ出さずに、それでいてやたらと受注してしまうスーパーな上司の営業社員の存在で、この小説の成功は、私にとってはこの人物がいたかいないかに依っている。なぜかというと、こういう人物、少し小説的というかフィクションぽいと思う向きもいるかもしれないが、じっさいに居るのだよこういう人。よく書いてくれたなあ、と思う。純文学を中心に読むような高い経歴の人たちには、こういう青年漫画誌やスポーツ新聞しか読まない男どもの営業世界は中々分からないかもしれないのだが、たいてい営業社員といえば、同じ業界を、先輩社員にくっついていったり待遇につれれたりして渡り歩くものだが、しばしば他の業界から流れてくる人もいて、その業界の慣例的な経験に従わないぶんそれがうまくハマったりして活躍してしまったり、何か言えない特別な理由で「下」の業界に流れてきたがもともと力があるので全然まわりと違ったり・・・・・・、といったことが本当にあるのである。
主人公は高学歴にも関わらず不動産業界を選んでしまった人物で、こういうところは今の時代ならではである。また、高学歴ということで、読者の層と重なり感情移入がより働きやすいかもしれない。ただ、主人公がなぜこういう業界を選んだか、そして周りの人間が金融業の先端や官僚の卵となるなかでなぜ意地になって続けているかについては、それほど突き詰められているとは思えないところがある。これを小説の欠点と思う人もいるかもしれないし、私も不満に思わないではなかったが、そういう内省の深いところは恐らく敢えて捨てたとも思え、というのは、いっぽうで主人公の「成長」がややエンタテインメント的な読みも許容する書き方がなされていて、それは恐らく捨てることで得られた部分ではないかと思うからである。で、確かに主人公の「成長」は、やはり読んでいてスリリングで面白いのだ。
純文学的なところとはまた別の「書ける適性」といったものを持っているひとかもしれない。