『人は皆一人で生まれ一人で死んでいく』木下古栗

今作も無論傑作で、後半の怒涛ともいえる言葉の渦を読んでいると、自分が日々浴びている情報を取捨選択し整理整頓しているという正常さに、なんかもやもやした気分の悪さすら感じる。だが、気になるのは、いままで徹底して無意味に笑いのみ追及してきたのが、社会性というか批評性を感じさせるふうになってはしないか、と。こないだは、ちょっとブラック風な企業の営業性社員で、今回は独立独歩で成功しつつある美容室店長と、いかにも歪がたまりそうなひとが主人公だし。で、美容室店長の幻聴が暴走しだすという話なのだが、この狂いが、美容室という空間の快適さの虚ろさとまったく関係がないということはないだろうし、それは日々いっけんあちこち快適になっていく社会のその快適さのウソっぽさと無関係ともいえず・・・・・・。
今回はたしかに笑いというより虚無だ。でも笑いを、といっても似たようなものを書けばパワーダウンの印象を与えちゃうだろうし、無茶な要求ではあるんだけれどね。少なくともこのレベルでコンスタントに書いているのは木下古栗しかいないということを肝に銘じ、彼の作品を彼自身の作品と比べどうこういうのはなるべく控え、徹底して支持していこうと思う。