『肉骨茶』高尾長良

拒食症の若い女性が主人公なのだが、なぜ拒食症に至ったかという肝心な所を含めて、心理をあえて深く描かず、ただ主人公の行動、主人公に降りかかる出来事を追っていく。テンポがよく、そういう所を中心に評価している選考委員もいたようだが、私には、わりとはっきりとした図式的なもの、批評性が感じられる内容で、そこを評価しなくてどうするんだという気もしたが。主人公の「友人」である外国人は使用人ももてる家庭で、主人公にとってはたんに利用する人間でしかないのだが、彼女ははっきり格差社会の上位にいる人間で、こういう人間を登場させたことじたい、己がきちんと飯を食って、こんなふうになってしまった今=残酷な世界に適合していくことへの拒否として拒食があることをうかがわせる。また、そういう上にある人間が下にあるものに同情し助けることの、ギリギリのところでの暴力への反転なんかは、いぜん新潮で誰かの評論で読んだ、助けたものが思いどおりに行動しない時の暴力を伺わせ、ただ優れた小説技術以上のものを作者に感じる。ラスト近く、こんな状況になってまで、拒食プログラムを続けようとする主人公の行動のあまりのアホらしさに思わず笑ってしまったが、こういう所なども先行する諸文芸作品の流れにのっている感があり、きちんと作者が色々消化していることの表れに思える。