『快楽』青山七恵

身の丈に合うというかそれまで体験してきたような身近な事柄で書けばいくらでも秀作を書けそうな青山氏だが、次から次へと「それまで以上・以外」にトライして成功しているんだから、成長スピードといい力量といい唖然とするほかない。話は、2組の男女がイタリアの観光地に行って事件というほどでもないこと(パーソナルな意味では大事件だが)がおきる、ただそれだけなのだが、それぞれのこれまでの性体験そのもの、そこから引き出された性にたいする見方、男女観、人間観がそれぞれの視点から綿密に語られ、飽きることがない。まずこの作品で成功しているのは、舞台を有名な観光地に設定したことだろう。日常から切り離されることで男女4人がそれぞれの相貌がより明らかになり、また語りの中でこの観光地の風景が織り込まれることで一つの夢幻の空間を描いたかのようになって、魅力が増している。ところで、この作品の題名が「欲望」ではなく「快楽」であるのはなぜか。欲望というのは、柄谷的にいえば三角関係こそが原型であって、それはつねに第三者の欲望があって成り立つ。しかし快楽というのは、あるいは快楽というものへの欲望というのは、ただそこにしかないものだろうか。三角関係にしか欲望がないのであれば、われわれはそれを簡単にコントロールできてしまうではないか(たとえば、ある人物のなかでは食欲とそれとが並行して存在したりしている)。
というちょっと危険なところまで射程を延ばした、怖さすらかんじさせる小説だ。個人的には、ある人物のミソジニーな心理描写に、ここまで突っ込むとは、と、そこがいちばん唸らされた。