『ミート・ザ・ビート』羽田圭介

これから書くことが小説への評価として適当なものになるのか分からないが、とても好感の持てる作品。最初のうち主人公がいわゆる自転車乗りであって、クルマの排ガスだの乗り方だのに文句つけてるときは、日頃から自転車の無法ぶりに腹を立てている私としては、反感なしには読めないものだったが、題名に含まれるビートとはクルマの車種名で、主人公はクルマに乗り換えるのだった。クルマへの悪意はなんとも都合よくすっかり消えてしまう。
それにしても思うのは、やはりこういう肉体労働系の人とつき合うのは気持ちの良いものだということ。とくに若いと皆ストレートで、ホワイトカラーの人達のように、最初から何か間に挟まったような、慇懃な関係とはまったく違う(それでいて権力関係にはものすごく敏感なクセにね)。
私の場合、背広を着ていた仲間で思い出せるような、あるいは思い出して気持ちよくなれるような人は殆ど居ないが、同じ作業服を着ていた仲間とつるんで、というかそれはただだべっていただけであっても、その記憶は人生の宝のように思えるときがある。これは相手が気持ちの良い相手ということの他に自分の内面の影響もあるのかもしれないが。
小説に話を戻すと、路上の情景などは、小説家にクルマ乗る人が少ないのか分からないが、私にはとても喚起力があり、純文学の小説でこういうものを読むのはとても新鮮だった。それぞれの人物のキャラクターもよく作られていて、車にしか興味のない奴とか、大学出てるのに肉体労働の酒飲みとか、とてもリアルだ。
主人公の内面の描写が少し邪魔に思うときがある。たとえば軽自動車をゴテゴテに飾ることの虚しさみたいなものは、主人公にステロタイプな感想をいちいち語らせなくても、情景を描写するだけで少しは伝わるものなのではないか。