『神キチ』赤木和雄

もはや新潮の新人賞にはあまり期待していない私がここにいるのだが、それは私だけどころか、新潮じたいがせっかくの新人賞を巻頭に掲載しなくてどうするのだ。少なくとも辻原作品よりは面白いのに。
とくに冒頭の数ページなどは一体何が起こるのだろうかという期待感をじゅうぶんにあって、その中でも主人公がイスラム式に祈りを繰り返して見るあたりのバカらしさは、最初からこんなに飛ばしてどうするのだ、という感じすら抱いたものだった。また途中の建設現場のギスギスした感じの描写もリアルで読ませる。
せっかく建設現場がこれだけリアルなのだから、もう少しリアル寄りで良かったのではないかと思えるのが後半。自殺男と軽薄な若者の絡みまでは我慢できたんだけど。たしかにクスリと笑わせる箇所もあったのだが、これくらいの笑いであれば、たとえば直前の群像新人賞なんかは抱腹絶倒と表現するしかなくなる。
特筆すべきとすればむしろこの主人公の笑いだろう。主人公はあちこちで笑う。決意をもって笑い飛ばすというのではなくひとり思わず声を上げるというふうに。虚無を表現した作品は数あれど、ここまで笑う主人公というのはあまりいなかった気がする。皆どこか真面目だった。そしてまたこの笑いは渦中にあったものの笑い、傍観者というポジションからは出てこない笑いである気がする。もし人がこのように笑えるのなら、それは教義なき救いとなるのかもしれない。そこで獲得できるのはせいぜい暗黒の一歩手前の幸せでしかないのだろうが。