2009-01-01から1年間の記事一覧

『抱擁』辻原登

この作品の特徴として一番に感じたのは、若い女性の一人称語りのスタイルに違和感を持たせないためかどうか、やや話があっちいったり、また、拙い言い回しを用いたりしているところ。 そういう点を考慮しても残念ながら、他の辻原作品よりは面白くない。当時…

『新潮』 2009.11 新人賞ほか読切作品

某大型古書店で本を購入するとき、いちいちポイントカードの所持を聞かれるのが煩わしいと感じる昨今ですが、また少し放置してしまいました。 今更もう書かなくても良いだろうと思われても仕方ない状態ですが、殆ど読んだという記録のために更新いたします。…

『おれのおばさん』佐川光晴

多少読みやすく、大人の側の善悪がはっきりし過ぎているきらいはあるが、中学生同士でいつのまにか友情らしき連帯感が芽生えていくところの描き方は流石という他はない。この作家には、もう徹底して弱い側に立ってもらっていいと思う。これを他の作家が無理…

『踊りませんか、榊高ノブといっしょに』松波太郎

じわじわと、この人のものを面白いと感じるようになってきている。なんといってもこの作家は、闇雲な感じの人を描くのが上手い。もはや手馴れた感じさえするくらいだ。おそらくこういう登場人物もまた、今回のすばる文学賞受賞作のラストで言われた、ただ「…

『好去好来歌』温又柔

佳作となっているが、私にはこちらの方が受賞作に相応しいと思えるくらいのものだった。 まず感じたのは、この小説にはどこにも「悪者」がいない、ということ。中華料理屋の若い店員から、ちょっと足りない感じがする恋人、また主人公が一番に対峙する人であ…

『海猫ツリーハウス』木村友祐

会話で方言がそのまま描写され、現代訳のルビが振られるという工夫によって、生き生きとした小説となっている。 主要な内容としては、服飾デザイナーになりたい地方の青年の鬱屈を扱ったもので、その内面にとくに目新しいものは感じない。ヘリコプターに自分…

『すばる』 2009.11 すばる文学賞ほか読切作品

先日、CDが売れないという話をここで書きましたが、加藤和彦さんが自殺してしまいました。 この自殺については加藤さん固有の問題が多くを占めているのでしょうが、業界の状況があまり芳しくないというのが全く関係ないとも私には思えません。むろん直接の…

『帰り道が消えた』青山真治

どちらかというと丹念な心理・情景描写と、その際のねちっこい文章を味わうタイプの作家だと思っていて要約するのもなんだけど、肝心のところだけ書くと、女性主人公が浮気として付き合っている男性の妻が、女性主人公が幼稚園の送り迎えを頼まれていた親類…

『スロープ』平田俊子

メインは太平洋戦争で死んだ伯父の慰霊へと南の島を訪れる話なのだが、マンションの火災なども出てきて現在の主人公の人生がいかに所在のないものであるかも語られる。他にも所々で、伯父が生きた時代と現代とをクロスさせるようにして語り、ときには戦国時…

『群像』 2009.10 読切作品

ここ数年、出版社とか書店とかに関しては暗いニュースばかりですが、他のメディア業界もあまり芳しくなさそうですね。 音楽業界などは言うまでもないでしょう。実のところ私などは200枚は間違いなくCDを所有しているし、多少値の張るコンポももっている…

『虹と虹鱒』北野道夫

高校生のときに振られた女性のブログだがHPだかを偶然見つけたのをきっかけにして、実際にその女性を探しにいく部分と、その女性と出会う想像上の物語を交互に語る、というスタイル。なかなか読ませる構成で、印象が薄かった新人賞受賞作よりずっと良いの…

『スリナガルの蛇』横尾忠則

とりあえず最後まで読ませて頂いたという感じ。最初神秘嫌いとして描かれていた人物がいつの間にか神秘的な行為に没頭しだすこの矛盾に対してなんの契機も説明もない。かといって徹底的に物事に流されていくという気概があるわけでもない。というのは、乞食…

『イタリアの秋の水仙』辻原登

全くのフィクションではなく現実を織り交ぜ、別のひとつの平行世界での出来事を読んでいるかのような気分になる。どこまでが現実なのかなこれ、と読みながら考えるのも面白いが、問題は、中国共産党の弾圧や毒カレー事件を思い起こさせるだけではなく、それ…

『橋』橋本治

まだ前編だけなのだけど、もう文句なし。あの傑作『巡礼』と似た、戦後世相史を個人に即して語るものである。 「いた」「だった」で終わる過去形の文体を中心にして、気の利いた言い回しや凝った表現は一切排除している。きっちり人物と事実を描けば、名文な…

『文學界』 2009.10 読切作品

ここ数年、出版社とか書店とかに関しては暗いニュースばかりですが、自分でもこれは仕方ないかなあと思うときがあります。本屋で立ち見してこの本面白いかもと思っても、定価が2000円くらいするとつい携帯でマーケットプレイスを覗いちゃうんですよね。…

『屋根裏プラハ』田中長徳

このエッセイが新潮に載ることにどういう意味があるのかよく分からないが、是非とも気取った、あるいは気の利いた文章を努めて書かないようにして欲しいものである。連載初回ほど酷くはなくなっているものの、読んでいて気分が害され、せっかくの貴重な体験…

『流跡』朝吹真理子

こういう思いっきり非リアリズムで幻想的なイメージが見られるもの、しかも町田康のような笑いの要素の無いものを高評価することは私の場合あまりない筈なので、これは[面白い]でも最高評価に近いものだ。 主人公じたいが男から女へと移り変わったりするのだ…

『地上で最も巨大な死骸』飯塚朝美

この題名は何かの比喩かと思ったら(まあ比喩でもあるのかもしれないけど)、そのまんま象の話だった。ここで1ポイント。 また、動物園に勤めた経験があるか余程の取材でもしないと書けないようなレベルにある事は確かで、その点は評価したいと思う。こうい…

『逆に14歳』前田司郎

文章が冗長だし練りこみが足らない箇所もある。そここそがこの小説の売りなのだろうが、何か面白みみたいなものを出そうという意図が見え隠れするしながら、少しも面白くない。これがたんに面白くない以上にしらけを増大させる。また、この冗長さの特徴のひ…

『新潮』 2009.10 読切作品+おまけ

先日のオリンピックの開催地決定では久しぶりに声が出てしまうくらい嬉しいニュースでしたね。 スポーツでの流れで言うと、いよいよプロ野球も終盤ということで無関心な者でも画面で眼にしてしまったりするのですが、しばらく前から感じていたこと一つ。 プ…

『その男、プライスレスにつき』墨谷渉

理由ははっきりしないが、この人の作品では一番面白かった。出始めの文章がピリっとしていて、お、なんか格調高いな、と思ったからだろうか。 それとも今回は肉体的なマズヒズムではなく、結婚〜新生活を手前にして、わざわざ金銭的にのっぴきならない状況に…

『結婚小説』中島たい子

この人はエンターテナーだなあ。少なくとも読んでいて退屈することはない。 それだけではなく場面作りなんかもめっぽう上手く、とくに、外でトラックの音がうるさくて、と思っていたらなんと恋人だったあたりは軽い驚きとともに見事だなあ、と感じたものだ。…

『すばる』 2009.10 読切作品

先日ここで『文學界』に言及しましたが、吉田修一氏の連載がなぜかストップしているんですね。連載そのものは実は渇望するほど楽しみにはしていないんですが気になります。病気とかじゃなければいいんですが。 そろそろオリンピックの開催地が決まるそうです…

『砂漠と運河』椎名誠

はるか昔にエッセイを読んだ覚えしかない椎名誠って、どんなものかと思えば、少しも面白くないのだが。運河の部分は、たんに青春時代の回想の域をでていないし、砂漠の部分は、中国人にたいする悪意に辟易する。 もちろんそれは作中人物のことであるが、こう…

『鳥の眼・虫の眼』相馬悠々

編集後記みたいなものかなあと勝手に相馬氏のことを推測していたら、少なくとも新人賞応募作の下読みをしたことがあるひとであることが判明。まったく外部のライターではないようだ。 というのは、半径10メートルの世界しか多くの新人賞応募作は書いていな…

『カーヴの隅の本棚』鴻巣友季子

巷ではいっけん絶賛しか無いかのような村上春樹の新作について具体的に疑問を掲げている。あくまで疑問であって、小説の出来栄えには文句をつけては居ないが、この人の書くことって、楊逸作品を擁護したときもそうだったけど、けっこう説得力があるんだよね…

「戦争と日本の作家」ドナルド・キーン×平野啓一郎

この対談は、ほんとうの意味で面白く、買った直後とあわせ、2回読んでしまった。 とくに安部公房がチーズ食べて「これは、日本人でも喜ぶだろう」と言って、それにキーンが驚いたというエピソードが面白い。ついスルーしてしまいがちだが、自らを亡命者とし…

「芥川賞記念対談」磯崎憲一郎×保坂和志

技術論が中心だったような記憶で殆ど内容を覚えていないのだが、面白かった箇所が一箇所。保坂が自分が芥川賞受賞したとき文芸春秋の中吊広告で自分の面が割れてしまったというエピソードをさも嬉しそうに語るところだ。

最終回『麻布怪談』小林恭二

「読み物」としては面白いほうかもしれない。

『岸辺の旅』湯本香樹実

長い。夫が失踪したあとに突然現れ、しかし彼はもうすでに死んでいて、という非リアリズム。で、妻が、その死んだ夫と共に、夫が失踪した後の道を、遡って旅をしていく。 文章や描かれる情景、そして旅路で出会う人々が特段魅力あるものであれば、長い、とい…