『海猫ツリーハウス』木村友祐

会話で方言がそのまま描写され、現代訳のルビが振られるという工夫によって、生き生きとした小説となっている。
主要な内容としては、服飾デザイナーになりたい地方の青年の鬱屈を扱ったもので、その内面にとくに目新しいものは感じない。ヘリコプターに自分が吊るされている幻影に関してもそれほど効果があるものとも思えないものだった。唯一、兄弟をもうやめよう、そうしたらお互い楽になれるし、という認識に面白みはあったが、この小説の楽しみは主人公の内面に同化するような、そういう所にあるのではないだろう。そういう意味で、多少戯画的で現実味に欠けるきらいがあり、また表面的過ぎてちょっと人間として薄いかなという思いはあったものの、地方でこつこつ夢を紡いでる人達を欺瞞的に描いたところは評価できる。とくに途中までヒロイン的に描かれる「原口さん」などは、うわこういう女やだなあ、と読んで感じていたら、たんなる俗物だったというふうになって、これはカタルシスだ。ツリーハウスの親方さんも含めてこういう自閉は是非瓦解させるべきであって、この小説には誠実さを感じる。
他方、もう一人の若い女性である「香子」までもがモノ作りの人としてラストまで終始肯定的に描かれるのは少し不満が残ったが、ラスト自体はとても評価できるものだった。死にそうな体験をして生を実感する、という事なのだが、このシーンは丁寧に書かれていてとても説得力がある。「生かされている」ではなく、ただ、「生きている」の実感。
ひとつだけ欲を言わせていただければ、農業の扱い方が少し中途半端だったのかもしれない。それは、ツリーハウスを作ることなどよりよほど大変で、また無視できない先人達の蓄積と、その蓄積だけでは乗り越えられない経験に根ざした自然への感受性が大きく作用する場所で、つっこんで書けば非常に面白いものが出てくるのではないか、と。ただ「早起き」と「沈黙」しか印象に残っていないのだ。次があるとするなら、是非この兄を農業で挫折させて欲しい。