『橋』橋本治

まだ前編だけなのだけど、もう文句なし。あの傑作『巡礼』と似た、戦後世相史を個人に即して語るものである。
「いた」「だった」で終わる過去形の文体を中心にして、気の利いた言い回しや凝った表現は一切排除している。きっちり人物と事実を描けば、名文などなくても小説は面白くなるのだ、とさえ言いたくなってしまう。絵が下手でも面白いマンガがあるように。
もちろん事実とは小説的事実であって、人物もまたフィクションなのだが、所々で挿入される世相を描いた部分は紛れもない事実で、その重みが小説的事実のリアリティをうまくサポートしている。