『その男、プライスレスにつき』墨谷渉

理由ははっきりしないが、この人の作品では一番面白かった。出始めの文章がピリっとしていて、お、なんか格調高いな、と思ったからだろうか。
それとも今回は肉体的なマズヒズムではなく、結婚〜新生活を手前にして、わざわざ金銭的にのっぴきならない状況に自らを追い詰めてしまうという精神的なマゾヒズムを扱っていたからだろうか?今までは肉体的なものだから、あまりあることではないな、と感じられていたものが、精神的なものだから、わずかでも共感を感じた、そういう事なのかもしれない。なんかこう周囲の善意に満ちた期待を意味もなく裏切るときとか、順調にしつらえたものを台無しにしてしまうときとか、こんな事書くと私も変ではないかと疑われそうだが、そういうときに感じる悦楽が自分にもあるようなないような・・・・・・。
またあえて騙される対象の女性がくれるメールの文面のそっけさながなんとも言えず良い味を出しているし、のっぴきならない状況に自らを追い込んでいく男性の内面を語らないのも成功しているように思う。敢えて語らない事が、そこに横たわる虚無の絶大さをかえって感じさせる。