『踊りませんか、榊高ノブといっしょに』松波太郎

じわじわと、この人のものを面白いと感じるようになってきている。なんといってもこの作家は、闇雲な感じの人を描くのが上手い。もはや手馴れた感じさえするくらいだ。おそらくこういう登場人物もまた、今回のすばる文学賞受賞作のラストで言われた、ただ「生きている」人、なのだろう。
しかし恐らくはこういう人物を書いている作者は、他の純文学の作者と同じように、自分は生かされていると感じて悩んだり、自力で生きようともがいたりする人でもあるだろう。そういう作者がこういう登場人物を好んで描くという事は、「ただ生きること」への憧憬すら感じさせる。軽薄な人のように描き、それをもう一人の自分である、と否定的に言ってはいるが、これがもう一人の自分であるというのはむしろ時に肯定的なことなのではないか。
小説内小説の体裁をとり、技術的にも工夫しているが、そこでの小説への言及の仕方が面白いため、あざとさとかそういうものを感じさせず最後まで読ませた(とくにブクロの飲み屋での小説への言及のときに、同じ言葉が二度繰り返されたりするところが面白い!)。批評の言葉だけを「」で連続させ、それに対する反論を略しつつこれだけひっぱり飽きさせないのだから、かなり隅々まで考えられている感じがする。
今ざっと読み返すと、少しすべり気味かなという箇所が皆無ではないが、読んでいるときはそれほどの残念さも感じさせなかったものだ。総合的に良く出来ていたからこそだろう。