普通

『寺部海岸の娘』広小路尚祈

地方の工場労働者の話。というと暗い何かを予感させるが、東海地方といえば北陸の一部とならんでじつは世界有数の技術集積地帯でもあるし、実態以上に深刻方面に傾き加減になるのも文学の陥りやすいところで、この作者と同年代かそれ以上の年代の者にとって…

『こなこな』原田ひ香

いっけん何のこと?と思わせる題名で、こう思わせただけで、お笑いでいえば掴みにあたるそれは成功しているのだが、ぶっちゃけ料理の材料の粉のこと。ふだんの料理で粉そのもので何かを造形することなどなく振りかけるか少量混ぜ込むかくらいしか使わないの…

新人賞受賞作『隙間』守山忍

一日一日で区切りつつも、その都度変化を加えた話の入り方をしたりして、技術的にはじゅうぶんなものを感じさせる。文章の隅々まで気を配られている感じもしたが、いかんせん、ここまで何も起こらない小説では、これまでの受賞作などに比べちょっと拍子抜け…

『□(しかく)冬』阿部和重

体の一部を食してみたり何かを装着してみたりと少し90年代SFっぽい世界。いや90年代というのは、私がSFについては90年代までしか知らんからなのだが。ただ出てくる人物はまちがいなく現代に接続されていて、虚無的でありながらも、もはや虚無的で…

『関東平野』北野道夫

なんかこれまでの北野作品に比べ、作品自体も短めであるばかりか内容も地味というか仕掛け的なものも余りないように感じたのだけれど、これ芥川賞候補にたしかなったんだよね? さいきん賞の動向にますます興味が薄れていて後からどこかでちらりと目にしただ…

『ピーナッツ』中山智幸

なんか文學界作品はどれも「普通」か「面白い」ばかりで、こきおろしも大絶賛も少なめだが、実際のところは意図せずそうなっているわけで、ストレス解消したい私も淋しいのであります。(さいきんはもう予めあまりに面白くなさそうなのはトライしていない、…

『仲良くしようか』綿矢りさ

心情をあからさまに吐露した私小説的な内容のヒリヒリした小説で、『勝手にふるえてろ』あたりから難しげで高尚にみえる言い回しには背を向け開き直ったようになってから『ひらいて』でまさしく全開に開いてしまった綿矢りさが、ふたたび三年前に戻ったかの…

『司馬遷の墓』楠見朋彦

なんか長嶋有みたいな感じ。いまの私にとっては、長嶋有みたいというのは、悪い意味になるんだが。ただ無論、この作家の作品は文「芸」以外の人にとっても開かれている。

『悪い双子』前田司郎

以前だったらこの小説に、オモロない、と迷いなく断じていただろうが、後々述べる理由によりこの評価。よくよく省みるなら所々面白い表現はあるし、自分は失われた双子であるという発想もなかなかの着想といえる。ステンレスの棒云々のオチではなるほどと思…

『夜蜘蛛』田中慎弥

ある小説家が男から長々とした手記をもらい、小説の内容の殆どはその手記の内容なのだが、こういう仕掛けの、「独白延々続きもの」はしばしば見られた、いわばこの作家の得意技とも言えると思うだが、以前はそのあり得なさ感で途中で読めなくなることもあっ…

文學界新人賞『こどもの指につつかれる』小祝百々子

なくした右腕が語る、という設定ではありながら厳密な右腕視点を貫くほどでもなく、神視点というか持ち主の内面語りと区別なくなってきたりしていて、それは技術上の難点というよりは分かっていてやっていることなんだろうけれど、読む方としては読む手がと…

『河童日誌』鈴木善徳

非リアリズムものだが、基本の枠組みでは誰もが思いつかないというほど突拍子もないシチュエーションでもなく、それはデビュー作でも同じなのだが、その仔細においてはややデビュー作のほうが上回る感じか(そりゃまあジジイの人魚にはかなう訳ないんだが)…

『野良猫のニューヨーク』高橋三千綱

いちども読んだこと無いけどなんか懐かしい名前。で読んでみるが、私小説スタイルで老年に差し掛かった主人公が大金はたいて作った映画をなんとか軌道に乗せその大金を何とか回収しようと走りまわる話(だったような)。詳しいところは忘却の彼方だが、主人…

『顔』丹下健太

読んでとりたてて何かを言おうという気にはならない、シチュエーション・コメディもの。とくに厭な気になることなく読み進められたから、よく書けてはいるのだろう。ある日、ムケてぶっとかった筈の自分のちんがぽ包茎で勃起しても片手に隠れるくらい極小に…

『田園』広小路尚祈

それなりの作風をしっかり持ちつつ、コンスタントに作品発表しているのを、まずはすごいと思う。深刻と思える状況でもけして重さにはまり込まない人物たちを描いて来たのだが、そのこと自体この時代に対する作者の抵抗というかひとつの持つべきスタンスを表…

『文字の消息』澤西祐典

しかしよくここまで二番煎じめいたもの出してきたなあ、という印象。デビュー作も今作も、まったく非現実的な現象を小説的リアリズムのなかに無理なく回収していてクオリティは高く、それぞれがもし単独で出されれば素直に評価するのだが・・・・・・。いやそりゃ…

『来星』原田ひ香

今まで散々悪口を書いてきた分フォローするわけでは決してない。しかし、なんか時代と添い寝したかのようなキャッチーなテーマを持ちだして、話題になることを狙って書いたかのような作品に比べれば、この作品はずっとずっと良いと思う。まだ少し既存の小説…

『ハリーの災難』松本圭二

この作家面白い作品もあったんだけど、どうも「すばる」掲載作は一段落ちるかなあ。このプライド男のナルシスティックな感じが、こんな時代にこんなクソみたいなプライドなんか持ってるなんてあほかみたいな、たんに自虐というかギャグであればいいんだけど…

『にゃあじゃわかんない』藤野可織

あきらかに猫のようなのにいかにも人間の姿形をしているかのように描写したりして、あいかわらず普通のリアリズム小説は書くつもりはないようで。クマだか人だか分からないふうに描いた多和田葉子の小説を読後に思い浮かべたりもしたが、似たところは全くな…

『ヤマネコ・ドーム』津島佑子

途中で、あーあの日本統治時代の台湾に渡った夫婦の連載の人だという感じが蘇ってくる。文体に独特のテイストがあって、その辺は純文学的なのだが、微妙な問題を扱っていながら決して重苦しくならないところがある。そういう唯一無比なところからも作家とし…

『獅子渡り鼻』小野正嗣

すばるを主に舞台にして書いていた限界集落ものと似た設定だが、私が苦手とする少年主人公もので、結局その苦手感は最後まで覆されることはなかった。これまでの作品でもこの作者は社会的弱者を扱ってきたが、そこには弱者なりの汚れ感というかしょーもなさ…

『モネと冥王星』海猫沢めろん

なんか並行宇宙的な所があったり役割のよく分からない非現実的人物が出てきたりして話が見えない。すばるでおちゃらけた話を書いているのに比べればだいぶトライしている感じがしてその分評価は落とさないが。あとなんか必要以上に感傷的とも感じた。

『鴎よ、語れ。』藤谷治

明らかに震災という出来事があって書かれた小説で、作者の思いの真摯さがビンビンに伝わってくる力作で、太宰治について主人公が講演で語る内容がハイライトなのだが、そのなかにハッとさせられるものもずいぶんとあったように思う。とくに記憶に残るのは、…

『長い緑の茎のような少年』伊井直行

直接的な記述もあるくらいの震災小説。当時の平衡を欠いたような、微妙にずれたような雰囲気をたしかに上手く伝えてはいるものの、ほかになんか何か伝わってくるものがあったかというとやや否定的だ。 読者の興味を失わせないような話の運び方や、ギタリスト…

『還れぬ家』佐伯一麦

連載終了コメ。認知症の父親抱えて云々という内容で私小説でやられてしまっては、そりゃ読ませない訳がない。といっても、予想を大きく裏切るようなものも予想できず、毎回楽しみにというほどでもないのが正直なところ。母親がしっかりしているようでときに…

『天使』よしもとばなな

以前散見された、小説の言葉としては安直としか思えない表現がだいぶ目立たなくなり、なにより、好きになった人について、その人の自分の知らない昔をそのなかに見てしまい、さらにそのかけがえのなさに思いを新たにする所など、読んでいて、あこれ分かる気…

『父』橋本治

父親の態度が、息子にたいするものではなく「介護する誰か」に対するものになってしまうあたりの描写が生々しい。

『さしあたってとりあえず寂しげ』佐飛通俊

もう若くない、ひとり身の女性の話で、無理もないなと思うけれど、最近本当にこういうの多いんじゃないだろうか。世を映す鏡なんだよな、やっぱ小説は。主人公の内省の部分はそれほど違和がなく、クリーニング屋で男と知り合いその後起きた顛末も面白い。漠…

『オオクニヌシたち』三輪太郎

さいきんこの人はこんなんばっか書いているなあ。ぜんぜん面白くないとまでは言わないが、アメリカが日本を助けたのは、当初の理想が後退してからはずっとたんに赤化という波への防波堤でしかなく、神話と符合しているとか言われてもなあ。白けるだけだよ。

『最終回』最果タヒ

昔だったら、とくに2年以上前だったらもっと評価したと思うんだけれど、もうなんかこういう、面倒くさい読みを必要とする割にはたいしたことを書いていないように思える小説は、受け付けないときがある。現実と虚構についての考えで、なるほどと思わせると…