『流跡』朝吹真理子

こういう思いっきり非リアリズムで幻想的なイメージが見られるもの、しかも町田康のような笑いの要素の無いものを高評価することは私の場合あまりない筈なので、これは[面白い]でも最高評価に近いものだ。
主人公じたいが男から女へと移り変わったりするのだが、読んでいる方も自分の「いま」「ここ」が揺さぶられるような感覚にさえ陥る。確実さを奪われる。こんな事は滅多にない。
とくに船頭というか舟タクシーみたいな仕事をしている所の描写が、川の無機質的なイメージとともに記憶に残る。川筋を取り違えるというのは、現実にはそんな事がありえないのは分かっているのだが、読んでいてなんかありそうな事のように感じられてくる。それだけの説得力があるのだろう。発想も面白い。
また言葉の豊かさというものを意識して使っているようで、読んでいて次々と繰り出される言葉に退屈しないし、原発の立地候補地募集のCMだったっけか、遊び心さえ感じられる箇所もあったし、それでいてラストまでもがよく考えられていて読後感も良い。
誉めてばかりでこれじゃ何も書いていないに等しいが、少なくとも、表紙にある「鮮烈なデビュー」というのは単なる売り文句ではなく事実と言って良い。