『マザーズ』金原ひとみ

もちろん毎回楽しみだった事は今さら言うまでもないが、交通事故で子供を失うという出来事以降の盛り上がりはすごいの一言で、圧倒されつつも読む手を止めさせなかった。あるていど作家自身の生活が反映されているだろうなあ、とそれまでは読んでいたのだが、わが子をこういう事で失う体験などしていないだろうことは明白で、それでよくぞここまで書けるなあ、と殆ど超絶技巧を目の当たりにするようにしびれた。
そして「マザーズ」という題名でありながら、三人の母親たちは、「女性」と「母」との間で引き裂かれてきたひとたちは、それぞれ約束された着地点のように、この物語の当初からの「夫」と邂逅する。不安定ながらも。
これは「男と女」の関係だったものが、「母親と父親」となり対立し、また「男と女」となって、一見戻ったかのようだが、一段上のレベルでのつながりとなっている所が感動を呼ぶ。母親たちは母であることを自らのなかにしっかり抱えつつ、なのだ。
女であること、と、母親であること、は、どちらかを選ぶようなものとして捉えられていたり、じっさいそうである場合も多いだろうが、母親であることを引き受けることによって、また女性として対峙できるようになる事もあるのではないか、そんな事を思った。
まちがいなく傑作だ。この小説にどこにも悪い人は出てこない。