普通

『同行死者』高村薫

いつも乗るはずの路線バスが大事故に会いそれに偶々乗らなかったために助かった女子高生の内面語り。つまり自分には死者が同行していると。 あからさまに震災があったからこそ書かれた作品のように思える。なぜ彼らは死んで自分は死んでいないのか、そこに理…

『二度めの夏に至る』古川日出男

震災のせいで、一時的に書けなくなって先延ばしした作品ではないか、と思う(多分)。 つまり構想自体は相当前にあって、しかも、私になんとなく残っている記憶によれば以前相当前に新潮に載ったプロローグ的なものの続編のように見受けられる。のだが、とく…

『芝生の子供』黒井千次

息子が父親に頼んだものの中身が気になるのに最後まで分からない。連載ではなくて連作なので、これでひとまず終わりとしたらよく分からない小説である。

『薄紫雲間源氏』青木淳悟

いつもの青木淳悟らしいユーモアをかんじさせる文章で、源氏物語の世界らしきものが語られているが、元をよく知らない私にはいくらか楽しみが少ないものではあった。なんだこりゃ、よくわからんなあ、でもらしいなあ、といったかんじ。

『たそがれ』島本理生

子供が生まれて激変した私、とまめてしまうと身も蓋もないが、母子二人きりで密室にあることが、息を詰まらせるものではなく、まったく逆で、主人公にとっては幸福という形容では足りないくらいのものである、というのが興味深い。つみあげてきた近代的自我…

『教授の戦利品』筒井康隆

蛇をおもに研究する教授と病的に蛇を嫌う人たちをめぐるつくり話で、多少語り方に工夫は見られるが、さほど面白いとも思えない。

『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』大江健三郎

まずは、「あの」出来事が声を上げて泣くまでのものだったか?と読んで思ったが、それは今にして思うからであって、当時であれば人によってはそういう事もあったかもしれない。(しかし私について言えば、泣く、あるいは絶望することが可能なくらいまで、冷…

『水杙』松浦寿輝

つまらない小説ばかり続けて読んだせいか、好感度高し。日本のごく一部に見られたギリシャバッシングみたいなものに抗するように、南欧と比べて日本の街行く人を悪しく思うのもいい感じだし。まあ、神楽坂あたりの風情が変わってしまったのなんかは、バブル…

『246号線』上村渉

題名見たときは(そのまんまやん)とつい思ってしまったよ。 ところで、わたしの感覚では、16号線とかカンパチのほうが交通量が多いような感覚に陥るけれど、ああいう環状になっている道路と違って、地方と東京を直線的に結ぶ道路は思い入れを呼び込みやす…

『五月、隣人と、隣人たちと』瀬川深

この小説もたんなる偶然だが、私にとっては上記と似たような欠点が目に付く。「論評」「感想」が多いのだ。「出来事」もたしかに書かれてはいて部分的に面白かったりはするが、主人公の内部などより、いま少し細部にわたってここを書いてくれたほうがよほど…

『百年の憂鬱』伏見憲明

おそらく作者自身にかぎりなく近い中年の同性愛男性と、西洋人の血が入ったルックスの良い美少年とが付き合いやがて別れるはなし。 若い美しい男性が、醜男とすら形容してもよいかもしれない中年男性と付き合うというのは、いっけんあまりなさそうで、しかし…

『ホームメイキング同好会』藤野千夜

この人の連載というか連作というかについては、他誌掲載のものを含めて確か目にするのはこれで3作目くらいなのだが、ほとんど区別が付かないところが恐ろしいというか、つまりはそれがこの人の持ち味でもあるのだろう。ちょっと「天然」っぽい粗さを持った…

『フラワーズ』松本薫

この作品はエンタ的要素はないので、「すばる」でいいとは思うがそれにしても・・・・・・。図書館から借りた身であまり文句もいえないので、あまりグダグダ書かないが、視点があまりにも少女側に偏りすぎていて、かつこの少女が善人過ぎやしないか。そしてこの主…

『到着ロビー』デビット・ゾペティ

真剣に読んでいられたのは、主人公が思わず急死した旧友のふりをしてしまい、客人として蒲田へ向かうあたりまでだろうか。 蒲田の中小企業についてからは、中国人に扮していたつもりがふとした拍子に日本語を口にしてあわててごまかしたりだのして、楽しく読…

『ハリケーン』エナ・ルシーア・ポルテラ 久野量一訳

キューバというアメリカに滅茶苦茶近いのに社会主義国である国の置かれた状況、CNN見ていたりとか、亡命人から送られてくるお金だけで働かずにやっていける人もいるのだ、とかいうことがある程度わかるが、それ以上の感想はない。

『テンモウカイカイソニシテモラサズ』長野まゆみ

善悪の区別もまだつかないのに知恵だけは大人以上に働く、天才型の特異少年を描いたはなし。なんかありがち。でも、読みやすいし上手い。ただ、あえていうなら、こういうこなれたものは群像以外の方がしっくりくる。

『大聖堂』池澤夏樹

あの日(3月11日)できなかったことをやり直す話。死者をただしく弔うはなしで、そつなくまとまっているがこれといった感想がない。あまり良くないことだとは思うが、あの日いらい、私たちの多くが弔うことの出来ない死者にばかりこだわってしまっている…

『泣く男』黒川創

今回はむかしから核に疑問をもってきた人物という、事故が起こったあとに描くにしてはやや都合が良い人物がでてきて、やや退屈気味。かといって、むろんこういう人物が実際に皆無だったわけではないし、日本への原爆投下が実験という側面があったことも否定…

『小説二題』莫言

共産主義まっただなかの時代と、成功者と敗者の落差があまりに大きくなった現代の、そのあまりの落差のなかを、それでも淡々と渡ってきた人々のたくましさが読みながら感じられて、そういう意味での(例えばドキュメンタリーを見るような意味での)興味深さ…

『ヒグマの静かな海』津島佑子

今回の震災でTVに映し出されたある被害者の映像から、主人公は、自分が若い頃になくなった「ヒグマ」というあだ名の年上の男性のことを思い出す。その男性は自ら命を絶ったのだが、なぜそうしたのかが分からないこと、どうあがいても手が届きそうもないも…

『海の碧さに』三輪太郎

テーマ的にとても意欲的な作品でこういう作品はまず間違いなく少ないだろうからあまり低く見たくないものの、残念ながらあまり面白くない。よってこんな評価である。 まず言っておきたいのは、いくら天皇陛下万歳といって彼らが散っていったからといって、そ…

]『最後に誉めるもの』川崎徹

放っておけば誰も気づかないかたちでスマートに淘汰されるのに、公園にて無責任に野良猫に餌を与え、結果として生まれた子供を全て自分で引き取るわけでもなければ、生じた糞害や音害も野放しのクセに、自分の尺度で問題なければ問題ないと言わんばかりに、…

『ここで、ここで』柴崎友香

評価が併載されている作品に左右されてしまうところがあるのかなと思うが、今まで、複数の人間が和気あいあいとしている情景を描くことが多かったという、主にその理由で嫌っていたのだが、近作はそういう抵抗感は少なかった。 関東でいえばレインボーブリッ…

『停電の暗闇と明かり』大森兄弟

このエッセイの主題については何の異を唱えるつもりもないのだが、冒頭、戦闘機が通勤電車を「爆撃」、にひっかかりをおぼえる。もちろん戦闘機だって、両翼に一個づつ爆弾を積めるが、対空砲火器や弾薬を運んでいる貨物列車でもないただの列車を「爆撃」す…

『来たれ、野球部』鹿島田真希

片方に自らの完璧性のゆえに自殺を試みる人間がいて、もう片方に自らの劣等に耐え切れずに自殺する人間がいる。この二人を極として、その間に熱血体育教師と、シニカルな音楽教師と、冷静な女生徒を配し、それぞれが順番に観念的な語りを繰り広げる。複数主…

『命からがら』大道珠貴

もしそれが主人公のことだとしたら、読んで少しも「命からがら」という気がしてこないんだが、この作品では以前の作品であったような「男のTシャツから乳首が透けるのがいやだ」みたいな女子中学生みたいなワガママは少なくなっている。 過去の幼いころの回…

『アトム』高橋源一郎

多分ものすごい恥ずかしいことだと思うんだけど、このブログではもう殆ど恥はかき捨てているので書いてしまうと、この続編ともいえる作品を読んではじめて、前作も原発が隠れテーマじゃないの、と気づいたとです。「アトム」といわれても「ロボットアニメ」…

『乳海のナーガ』中上紀

奥泉光のは超短編で、いつものノンフィクション風に書かれたフィクションだから、この号のすばるで一番読み応えがあったのはこの作品か。 それでも面白くはない、という。 「父」が出てくるので、また私小説ぽいんかなあ、と思ったらその父は画家であって、…

『群魚のすみか』米田夕歌里

評価を普通としたが、これはあくまでこのブログを始めた当初きわめて安易に考えたランクにしたがっているだけで、まったく普通ではない小説である。こんなパターンははじめてといっても良いかもしれない。記憶力に衰えが生じているかもしれないんだけれども…

『あめよび』原田ひ香

完全にダメとは言い切れない、また不思議な感じの作品を届けてくれたなあ、という感じ。これまでの彼女のほかの作品(の一部)のように、「お話」に人間が従属物になっているというような気配はそれほど強くない。しかしそれでも得心いかないものが残るのも…