『あめよび』原田ひ香

完全にダメとは言い切れない、また不思議な感じの作品を届けてくれたなあ、という感じ。これまでの彼女のほかの作品(の一部)のように、「お話」に人間が従属物になっているというような気配はそれほど強くない。しかしそれでも得心いかないものが残るのも事実。
たしかに昨今一部では安定志向も増しているだろうから、商社で働いている稼ぎの良い男性と結婚できるなら飛びつくかのように専業主婦もという判断もあろう。しかしこの主人公女性がこんなにもあっさりと眼鏡屋を止めるとは思わなんだ。中盤まで彼女の眼鏡屋における検眼などでの成長を丹念に描いたのはいったい何なんだろう、と。この小説の面白さの一端は間違いなく、主人公と葉書職人との痴話げんかなどではなく眼鏡屋でのあれこれにあったのに。またこの眼鏡屋の古参店員の存在なんかももっと話しに絡むかと思いきや、やや放置気味。
放置気味といえば、忌み名を持つ人たちのSNSに苦労して参加しつつ、その後はさっぱり述べられない。この別名云々に関しては、昔の武家階級の人間がもっていた幼名とかそういうのと違って風習として残っているということで、それについては正直初耳だったが、小説を退屈にさせない要素として働いている部分はあると思うものの、面白くしているとまではいえない。あれほど固執していた葉書職人がなぜ最後になってなぜ彼女に明かしたのかについても、ラジオ局の運営に参加するようになったのと一緒でふっきれたと言ってしまえばそれまでだが、眼鏡屋を辞めたのと一緒で、かえって小説の中盤の説得力を失っている気がする。
二人が仲良かった頃の生活の描写の一部に良いところがあった。