『乳海のナーガ』中上紀

奥泉光のは超短編で、いつものノンフィクション風に書かれたフィクションだから、この号のすばるで一番読み応えがあったのはこの作品か。
それでも面白くはない、という。
「父」が出てくるので、また私小説ぽいんかなあ、と思ったらその父は画家であって、事実と少しずらしているのが面白い。
中心はその有名画家を父にもつ主人公が、ネパール人の男と内縁状態で彼の子供もいて、そこでのさまざまな感情の行き違いや、文化に起因するうまく行かなさを描いていて、丁寧である。主人公にもきちんと感情移入できるし、感情移入した分、ときにネパール人男性に対して厳しく思ったりもするが、この男性も完全に悪者に思うこともできない。彼にも彼の理由があるのではないかということが、うっすら感じられるものとなっている。また、この男性には実の妻が現地にいるんじゃないかと疑わせるあたりでのその女性とのやりとりも緊迫感があった。異文化ならではのなにか異物な感じと、いっぽうで同じ人間としての感情が、ないまぜに「人間」を形作っている。
とほめたところで、すこし違和感を感じたのが、いくら主人公視点から描いたものとはいえ、「熊野」が神秘的な場所であることが、とくになんの検討もなくもう大前提として描かれているところが、どうにも部外者にはついていけないところ。こういう神秘性とか母性とか、言葉にならないところに無批判に寄りかかるような雰囲気があって、基本的にいまひとつ好きになれない。



以下はおまけ