『垣根のむこう』甘糟幸子

こういう作品が載っているのをみると「すばる」再び定期購読する日も遠いなあと思う。
これもまた主人公に感情移入できないのだが、上記の作品と違って意図したものではないだろう。30代の女性という設定だが、とくに恋人もおらず特技・資格もなく貯金もなく、仕事も首になり、それでいて、ある種の「暗さ」がなにひとつ漂わないというのが、もう、ない。
文学は99匹よりも1匹ということからすれば、時代に添い寝しない特異な人物を描くというのも、たしかにあっていいが、ここにあるのは、部屋をたんに乱雑にしたくらいのことを自堕落とか言ったりするのに象徴されるように一昔前の女子中学生のような凡庸さとしか思えず、ゆえにまた、この人物が詩を書くというのもムリな設定だ。
ところで、上記の感想については私の主観として片付けても良いかもしれないが、主人公が好ましく思っている男性の服装に関して「ジーンズの上下を着ているのになぜか昔の時代のよう」との表現はまずいだろう。暮らしの手帖を読んでいる60代の女性じゃないんだから。また、昭和40年代の頃を描いた小説なら「ジーンズの上下」が今風の服装になるんだが、バブルを一昔として回想したり、終戦時の話を逆算したりするとどうみてもこの小説現在の話なんだな。
ここは敢えていうなら「デニムの上下」。しかしデニム素材のシャツやジャケット(いわゆるGジャン)自体最近あまり見ず、見たとしてもチノパンと合わせるなら分かるが、デニムの上下じゃそりゃ「なぜか」でもなんでもなく、ただしく「昔の男」だよ。(しかしこの箇所、編集者が気づいてしかるべきとすら思うんだがなあ。作者がかわいそう。)
またこの主人公、食品関係の仕事についていながら、「あら熱」を今更のように辞書で引くという不自然さにも疑問を持った。