『同行死者』高村薫

いつも乗るはずの路線バスが大事故に会いそれに偶々乗らなかったために助かった女子高生の内面語り。つまり自分には死者が同行していると。
あからさまに震災があったからこそ書かれた作品のように思える。なぜ彼らは死んで自分は死んでいないのか、そこに理由はまったくない。おそらくこの小説で扱われるような死は、被災地ではあちこちに転がっているはずだ。話はしたことはないけれどいつも馴染みのあの顔や声が失われること。遠すぎず近すぎない死。マスコミで扱われるのは、肉親の死を悲しむ近い死か、仮設での孤独氏が心配だというような遠い死だけだから、まさしく想像力を駆使した小説だと思う。貴重な試みだがしかし、高村薫は中年男性でなく女子高生を主人公にしてしまうと、なんか生き生きとしたものが感じられず、マジメで、余剰があまり感じられない。端々にその片鱗はあるんだけれども。