『泣く男』黒川創

今回はむかしから核に疑問をもってきた人物という、事故が起こったあとに描くにしてはやや都合が良い人物がでてきて、やや退屈気味。かといって、むろんこういう人物が実際に皆無だったわけではないし、日本への原爆投下が実験という側面があったことも否定のしようがないだろう。殆どのアメリカ人は戦争を終わらせた意義を同時に語ることなしに原爆を語ろうとはしないけれど。
物語の傍流として語られるエルヴィスの話が面白い。たんなる核保有大国というだけでないアメリカの懐の深さを感じさせる内容で、ああエルヴィスはエミネムだったんだなあ、と思う。少なくとも境遇としては。知らないことも多かったし、なかでもバスボイコット運動が、黒人たちだけでなく、白人たちの「こころ」にも灯をともしたという記述がなるほどと思わせる。今の日本の首都圏や他の大都市圏で行われるような反原発デモなどがそういうものでありえるとも思えないが、きっと作者もそこまで直接的に結びつきを考えてはいないだろう。
ところでこれは小説と関係ない蛇足だが、この小説にも「ただちに健康には影響がありません」という事故当時多く語られた(おもに枝野さんによる)ことにたいして「ブラックジョーク」だとかいわれているが、なぜあの発言が問題なのか私には今もってさっぱり分からない。じっさいただちに影響がなかったことは今日証明されていると思うんだが、問題にするひとにとっては今も「ただちに」のうちなんだろうか。さぞその人にとっての一生は短い(長い?)なあと思うのだが、語感的には「ただちに」というのは一週間か長くても半年くらいを指すのではないか。