『リボルバー8』中山智幸

相変わらず実感を伴うこともなく、かといって面白みもない比喩が散見されて読む手を思わず止めさせるが、ここまでくると、これはもう一つのスタイルであり、作者がこういうところにこそ書く楽しみを持っているのだろう。文句をいっても仕方あるまい。
中年にさしかかった夫婦の話なのだが、ひとつ、余生の長くない父親の財産があるていど当てにできるという要素があることが注目点ではないかと思ったのだがどうだろう。けっこう今の世のなかにはこんな感じで息をひそめて年長親族の行く末を眺めているような人間は多いと思うのだが、あまり他の小説では、こういうゲンキンな話は描かれることがない。だからこの要素をもっと生かせれば良かったと思うのだが、背景にずっと埋もれたままである。けっきょくこの父親はなかなか死んでくれないのだが、こういうアテがあることが却って夫婦を前向きにも後ろ向きにもさせず、ただ倦怠だけが育つというような事態はたぶんそれなりのリアリティを出せるんじゃないかと思う。けっか、注目点はいいのに生かせているようには思えない。惜しいなあと思う。たとえばもっとこの点を過激に、それこそ実の親の死を、その財産のゆえに、なにより夫婦関係の安定のために、愛のために期待してしまう、そんな「汚さ」まで描くとか・・・・・・。
そんなこんなで、だから前半はわりと期待して読み進めたのだが、けっきょく話は「放置自転車を壊す」ことがメインなのである。
この自転車を壊すことの顛末が何しろ逐一おもしろくない。怪しげな自転車を壊すことを目的とした団体なども出てきたりするのだが、そこの団体員にある種の異常者の迫力も、かといってコミカルな面白さも、シニシズムも感じず、むろん、"大文字の倫理が失われたあとのこの世界で小文字の倫理に拘泥する若者"という意味でのシンパシーも感じることもない。どうでもいいおしゃべり、というだけ。どうせうざいならもっとうざければいいのに。
あともうひとつ、ラストのほうで主人公の妻が主人公の眼鏡をわざと壊してしまうようなところにもついていけなかった。ラスト近いだけに後味も悪い。うまくいえないが、なんかありえない「異常さ」なのだ。だからきっと異常という表現も違うのだろう。度し難いというか、なにか自分とはまったく関係のないことがただ行われて終わっているだけ。小説の技術とかそういうことで殆ど文句はないのに、たいていこの作家の書くものは、こういった倫理、人間性の現れ方(というか正確には現れなさ)、でひっかかってしまう。
でもこれ、ぎゃくにいえば他の作家には滅多にみられない何かを持っているのかもしれないということでもある。良い方向に働けば面白い、という可能性はだから全くないとも言いがたい。恐いものみたさみたいな話だが、次作をまったく読むつもりもないとまでは言いたくないのだ。すごく回りくどい言い方だが。