『人生オークション』原田ひ香

掲載誌が違うとこうも違うのはなんでと問いたくなるくらいだ。というのは、この作家については、けっこうこのブログでは酷いことを書いてきたからで、しかし、この作品は読める。
読み始め当初は、叔母と主人公がどうしてこんな最初から馴れ馴れしいの、と、またこれは"話のための話"なのかな、と思いつつ読んでいったのだが、途中主人公が就職活動で挫折したときの話などは、非常に共感の持てることが書いてある。まったくこの通りで、学生という身分と社会人の間にあるこの落差というか断絶は、驚愕に値する、人生最大の出来事のひとつなんだと思う。よくみんなそんな簡単に変身というか、超えられるよな、と。もちろん、皆それぞれには葛藤もあるのは間違いなく、それを表に出さないことが出来る人とそうでない人ということなんだろうけど、出来ない人からすれば、昨日まで擦り切れたジーンズと汚れたパーカーでうだうだしていた人間が、こぎれいなスーツ着て明るくはきはき挨拶しているのは、まさしく光景、世界が変わったわけで、そのくらいの衝撃だろう。それがよく描かれている。
他にも、主人公の友人が就職活動をしない主人公を気遣うシーンであるとか、叔母にたいして昔から知る肉親のほうが理解者ではないという逆説など、うまく描かれていると感心した。
ただ、主人公が叔母の代わりに離縁した夫にモノ言いに走るシーンなどは、どうなんだろうなあ。私は居心地の悪さしか感じないが。こういう所がなければ[面白い]評価だってありえたのだが。
この作家はたぶんミュージシャンであれば、不協和音より和音を好みそうで、そういう人もたしかにいるんだろう。オーネットコールマンの洗礼を経て、それでもなおポールモーリアが好きみたいな。こう書くと、それもまたなんかすごいと思うが。
念のためいっておくと、題名にもなっているオークションであるが、ヤフオクのことであって、そのオークションの紹介文や礼状を人生に重ねるに、叔母の(もう少し簡潔な、簡単なほうが良かったな)という感想としてはうまく重なったかもしれないが、主人公の人生と重ねるには無理がある。まあこのへんは作者も重ねようとはしていないとは思うが。
社会人としての「自己紹介」とか「自己探求」も、たしかに空虚な言葉の羅列ではあるといっけん思える。がしかし、それらはまた、オークションとは別の重大な何ものかのような気がするのだ。それは、「働く」ということが我々にとって単なる一時の金稼ぎではない不思議な何ものかである、という事でもある。