『文學アジア 3×2×4』

個別に項目立てるのは面倒なので例によってまとめて書こうと思うが、第一回よりずっと面白かったのは別に島田雅彦が書いていないからではない。今回は韓国作品もわりと読めたし、岡田利規も悪くなかった。全体として感じたのは日本の作家がよりミクロな世界を対象にしていることである。そしてまた日本作品はあらすじでは面白さが全く伝わらないところ。一概に悪いとは勿論いえないが、ときにこうして「日本」を相対化するのも良いことである。
・『緋』河野多恵子・・・夫が海外に仕事に行っているときに空き巣に入られた夫婦の話。妻の微妙な心の変化が主題というかんじ。ミクロだ。
・『耐えられるフラットさ』岡田利規・・・しょうもない演劇に付き合わされたサラリーマンがラーメンを食おうとする話。ミクロである。しかしこの主人公の男の、顔というか個性の無さの描き方が面白かったし、せっかく演劇場から出てきてもラーメン屋での光景までが芝居めいてきてしまっているのも面白い。
・『午後4時の冗談』チョン・イヒョン・・・3番目に面白かった作品。昔知り合いだった女性からの謎めいたメールが主人公に届くという展開が読者を引きこんでいく。それだけでもなかなか面白いのにオチがエイズとは。むろんエイズというのは深刻な社会問題である。
・『4月のミ、7月のソ』キム・ヨンス・・・ちょっとしゃれた会話や言い回しなどがなんとも懐かしい。日本でも20年位前には村上春樹本人か、村上春樹を通じたミニマリズムの影響をうけたこういう作品が幅をきかしていたような。それにしても、主要人物のひとりは国際結婚をしていて、世界はそれほど狭くない。
・『月明かりは誰の枕辺に』葛水平・・・2番目に面白かった作品。国費で海外留学させてもらえるようなエリートが、留学先のドイツで親の反対する国際結婚をしたあげく、文化の溝を越えられず失敗し、今や旅行ガイドで暮らしているという話。近代的自我を発達させたエリートと、ど田舎の両親の生活との落差など、現代中国を覆っている問題が凝縮されている。それにまた、ど田舎の両親の振る舞いに心打たれる。この囚われの中には確かに人間がいてこういうものを旧弊として簡単に退けられる人を私は信じない。また妻と笑顔で会っていたというのが実は離婚した元妻で、養育費をもらっての笑みだったというオチがなかなかだ。
・『海鮮礼賛』須一瓜・・・1番面白かった、というか記憶に残る作品。高層アパートにて家政婦を雇う成功者と、わがままで自己主張の強い若い家政婦という現代的な中国社会の有様が背景でありながら、小説自体は古き良き近代文学の臭い。ラストがハッピーエンドのようなバッドエンドのような終わり具合のせつなさがとくにね。この少女がなんとも個性的で彼女の行動のひとつひとつだけで小説を引っ張っている。