『大黒島』三輪太郎

すごく意欲だけは買いたいんだけどなあ・・・・・・。
昔の同僚の妻と揉め、ある事を思いついてハガキを何百通も書いて一人の人と会っておきながら、その後結論を出すまで相当の期間を置いたことに全く説得力がない。この程度の考察・結論にこれだけの期間が必要だったこと。その考察の深さも含め説得力を感じない。「恨みへ逃れず、なおも誇り高く生きるには、より弱き、小さきものを助けることです。」らしいが、何の根拠があってこんなことを言うのか、これを含むところ何度読んでもピンとこない。
だものだから、揉めた相手が、これらの主人公の言葉にすんなり納得して「よう、ございます」って、何なんだろうなあ、と。しかし、「分かりました」じゃなくて、「よう、ございます」って、いつの時代だよ。
また、この主人公の生活の実態が、説明はあってもまったく実感として迫ってこないのも、それ自体としてこの小説の欠点とも思えるし、上記の不満にも繋がっている。考える暇は沢山あったんじゃないの、忙しさに紛れたのか、妻とのギクシャクがそうさせたのか。何かまた格別の出来事が生じたならともかく、ちょっと山歩きして浮かぶくらいの考えなどとっくに浮かんでいるのではないのか。
妻も説明されるだけで、影が薄すぎるのも気になった。妻がこれほど悩んでいると書かれているわりには、どうにも主人公は余裕があるのだ。
と悪口をならべたが、銀行員から僧侶へ転身した人物を描くという、私小説的なものからはまず出そうも無い話にトライしようとした事は是非買いたいな。これを書くには、相当な調査と想像力が必要で、後者は少し足らなかったような気もしないではないが、平易な文章といい、読んでもらう事はきちっと念頭には置いていると思えるし。きっと書こうと思えば、こういう題材だからもっと観念的にだって、この作者の力なら出来るだろうけど、それは敢えてしていないのだ。