『アナーキー・イン・ザ・JP』中森明夫

文芸4誌のなかで、5月号のダントツがこれ。恐らく単行本化もされるだろう。
なかでも楽しいのは、「新潮社」や、新潮の編集者も含めて実在の人物・団体まで登場して、歯に衣着せぬかたちで言及されるところで、福田和也とか柄谷までかなり否定的に言及されている。よく知らないがジジェクとかも。いくら小説のなかの人物に言わせているだけとはいっても、そこまで言うかみたいな。
しかし基本的には、真面目な小説だ。自民党が終わって、代わった民主党が見限られた今ならではの。これ読むと、とにかく闇雲でもいい、シニシズムが支配する時代は終わった、と言いたくなってくる。文「芸」ではなく、志のある小説こそが小説なんだと言いたくなって来る。
などと熱くなってしまうが、そういうふうに時代に合わせたテーマを感じ取っても読むのも良いし、大杉栄という一人の人間にただ時代も何も関係なく思いを馳せさせるものでもある。私には知らない、興味深い出来事がありすぎだ。比較対象にするのもなんだけど、関川夏央などよりよほどあの時代の空気を感じさせるものがある。
行き場のない憎悪と、対象の見えない不安と、それらの解消先として一手に引き受けてしまったかのような死はあまりに酷い。しかしこれを時代がもたらした死というのは、それもなんか違うという。もっと具体的な責任を考えるべきだし、日本はそれをちゃんと清算してきたのか、と思う。
まあ東西対立が急速に悪化してアメリカが旧勢力を裁くのを止めたのがこの国ではずっと引きずられていて、盧溝橋からの戦中のことなどすらが、殆ど清算なんかされていないんだからどうしようもないんだけど。
実際のところ、憑依した大杉栄が去るところで、え、もう?と思うくらい、長い小説なのに終わるのが早い、もっと読みたいと思わせるような小説だった。町田康の朗読がたとえ付かなくても、これで1100円は安いよ。(実際CD聞いてないし。)