『苔やはらかに。』伊藤香織

中年にさしかかる女性が、都会から田舎に落ちてきて人生を考え直す話だけど、へんに背伸びせずに、書けるところまで書いたという感じがしてなかなか潔い。
ただ難しいのは、誰も彼もが小説を書くなかで、内容的にはそれだけでは凡庸になってしまう危険があるところで、それをこの小説は独特の語りでもって逃れてはいるのだが、逆に読んでいて少し悲しくなるのは、その凡庸を逃れること以上の必然性をこの語り口にあまり感じないことだ。普通でない語りがあるとするなら、そこには普通でない何かが出てきてもおかしくないのではないか。
しかしやはりこういう批判は行き過ぎか。たしかに普通ではないなにかがここには希薄だが、その代わり、普通であったら出てしまう俗っぽさからも逃れえているのだから。これが普通の語り口だったらどうなんだろうとシミュレートしながら、そんなふうに思うのだった。
新人としては決して悪くない作品でした。