『冬の鞄』安達千夏

ふだんその小説が書かれる必然性みたいなことはあまり気にしないようにしているつもりだし、最近は、その作家ならではというものが出ていれば、多少の事は許してしまうような甘さも出てきているくらいに思っているんだけど、こういう小説に出会うとちょっと考えてしまう。なんだこのかび臭さ、みたいな。
そりゃ代々続く職人一家みたいなのは未だに残ってはいるだろう。しかし、そこへ持ってきて、ここまで極端な母親の存在を重ねるかねえ・・・・・・。自分が生まれ育った土地にしか関心がない、って今時どうなの。いやこういう人もいるんだろうけれど、重ねてしまうとこの古臭さ。しかも祖父を間違って怪我させてしまうとかドラマくさい事件まで起こして。
正直、いくら娘視点のフィクションとはいえ、ここまで悪意を持って母親を処理するのは頂けない気がした。いくら架空の存在であってもここまで馬鹿にしては失礼すぎる。いくら作家の方は立派な女性として描いていたとエクスキューズされても、その具体的描写はどこにも出てこないし、この娘の悪意さは、父親を見る目の温かさも曇らせてしまっている。要するに、なんて一方的な見方をする薄情な人間なんだこいつは、というわけだ。
これだけ娘や夫に疎まれつつも、夫が死ぬと後を追うようにして死んだという不思議さを持つんだから、この母親を、旅先での同性愛の相手なんてすっ飛ばして、ここを中心に描けば良かったのに。