『法螺ハウス』松本智子

とても好感をもって読み終えた。これはかなりの力作ではないか。私が感じた好感は、作者のヒトというものへの強い情熱や思い入れが、それが素直に伝わってきたのだろう。現代小説の昔ながらのテーマである「生き辛さ」「孤独」をなんのてらいもなくきちんと形にしている。何の新しさもないが、きちんと正面から向き合っている分、これでいいのだとすら思わせる。
人物がそれぞれ生きている。人物を小説のなかで生かすという事。そこに作者の情熱を感じる。とくに母親がいい。主人公にとっては、放埓な父親に我慢して生きているように見えて、じつは父親にそれほど我慢しているわけでも無さそうな、その微妙な具合がリアルである。主人公自身の不満が、母親の代弁という形で正当化され、増幅されていたりするのであろう。ラストで何日かぶりの風呂に入るシーンが心に残る。
震災のころの話と、現在を交互に記述する、しかも震災の頃は括弧でくくって分かりやすく。その工夫の無さを云々する向きもあるかもしれない。私もとくに両者の連関はそれほど意識できなかったのだが、こうして交互に並べただけでも、どちらかひとつだけの物語を読ませられるよりも変化があり、退屈という事を知らない。それだけで十分ではないか。
同僚に怪我をさせてしまうところは少し主人公を露悪的に描いている気がしないでもないが、こういう「出来事」もまた私は必要だと思う。小説に緊張感をもたらしてくれるし、またその結果が当該キャラクターの人の感じをよく表すエピソードとなっている。
履歴書の写真の感触で終わるラストも良かった。
意匠を凝らした作品の狭間で、こういう作品がまだ文芸誌で読めることに安堵を覚える。しかし変哲のなさを誉めるというへんなことになってしまった。