『失踪クラブ』原田ひ香

ひさしぶりに金返せと思わせるかのような作品だったが、同じ号に吉原清隆の傑作が載っていたりもする。しかも金返せと思ったわりには最低の評価ではない。少なくともなんとか人に読ませようとする工夫のあとが少しは見られるからだ。どういう点かというとその題名「失踪クラブ」。なんだそれ、とちょっと興味を引かれる部分はたしかにあるのだ。ここと、あと、途中で主要人物の二人が会話をしながら過去の出来事が挿入されるあたりの語り口は考えられていて、評価したい。
ただしそこだけ。
あまりに主人公の内面について統一感というか統合感と言うか、そういうものが無さ過ぎではないか。「人間が描けていない」とかそんな大層な言い方まで行く手前で、もうちょっとつじつまを合わせてよ、と言いたくなるのだ。
だって主人公は、最初のほうで昔の同僚に失踪につきまとわれているといわれて、失踪なんてそんなにあるものじゃないよ、とか言っていたくせに、二度も大きな失踪が身近に起きているのだ。ここまで忘れることなんて普通ないだろう。同僚の話を聞いてからそういえばと徐々に思い出し語りを始めたあたりで、おいおい、そんなでっかい出来事すぐに思い出すだろ、と不可解に思ったのもつかの間、この主人公の女性は現在のダンナを過去に無理やり会社を休ませるような要求をし、失踪させているのだ。この二度目が語られた時点で私は仰天した。
あとなぜかこの元同僚と会う店の様子について全く必要ないと思われるディテールが詳しく語られるのかもさっぱり分からない。語りの雰囲気にも統一感がないのだ。新橋の「美食倶楽部」という店だ、ってそんな事どうでも良いだろうと思っていると、マスターが小太りであったり出てきたパスタの種類まで語られる。しかもそれが、これまでで一番シリアスな出来事について語る場面で、だ。一番シリアスな場面でその店の様子を見て、自分の夫のこれからを考えたりしている。シリアスな会合だからこそ同年代の男と会うことを自分に許しているのではないのか。
そういえば夫にこの元同僚と会う事についてどう報告しているのか覚えていないが、内緒なのだろうか。夫は年が離れており同年代の男と会うとなれば相当不安に思うだろうに、それに対する気遣いというのが全く感じられない。どうにも夫がいつまでも蚊帳の外で顔が見えない。ここまで、ないがしろの雰囲気となると、最後のほうで語られる夫へのシリアスな思いもまったく響いてこないものとなってしまっている。この小説の大きなテーマのひとつとも思われるのに。