『よもぎ学園高等学校蹴球部』松波太郎

今まで読んだこの作家の作品のなかでは一番面白く読めた。場面転換がうまいというのも今作品ではじめて実感できたし、新人賞受賞作のなかで見られたような、一見意味ありげで思わせぶりな訳の分からないシーンの挿入もない。その逆に、物語と全く関係がないとしか思えないようなラジオ内容とか、少しも思わせぶりではない訳の分からないシーンの挿入はある。こういうのは私は気にならず、むしろ変化があってよいと言えるかもしれない。
生徒達を指導するサッカー狂の女性教師が何よりいい。『文學界』5月号の各作品に登場してきた全ての人物のなかで、一番心に残るのが彼女である。この人物の内省を卒論に限定しているのも、作品として変化があって工夫が効いているし、あくまで外側から人格を滲み出させることに成功している。とくに絶対勝てる訳がない相手について勝機が十分あると言うところなど、たんに部員を鼓舞するためだけとは思えない微妙さがある。腹をたたいて鼓舞する所なども含め、ちょっと猪突猛進で闇雲な真面目さがあって、そういう意味では彼女は「アーノルド」であり、松波太郎という作家の作品へと向かわせる動力というのはこういう人物を書くことにあるのではないか。
少し残念に思うのは彼女の教師としての上昇志向の無さが少し類型的なのと、彼女以外の人物がやや平面的なところ。