『いけにえ』藤野可織

のっけから失礼な言い方だが、全く期待していなかった分もあるかもしれないが、とても面白かった。この作家は典型的な主婦になんかの悪意でも抱いているのだろうか。というのはもちろん冗談だが、主婦と称される人々のなかに時折見られる、自分中心に世の中が動いているのかよと思わせるかのようなマイペースさと、無邪気な罪の意識の感じられない残酷さが非常によく出た作品である。
純粋に小説の技量としても、そんな興味が沸くようなエピソードもないのに何かが起こると予感させつつ引っ張っていく語りは、明快にして流麗であり、読んでいてすっと物事が落ちていく感じ。作品内で語られる美術作品にしてからが、架空のものにしては上手く造形されているのにも驚いた。いかにもそんなマイナーな作家のマイナーな作品がありそうなのである。
またこれも特筆すべきなのだが、この主婦がそれぞれ独立した娘二人や、初老の夫と交わすコミュニケーションの、この屈託の無さに、とても現代的なものを感じた。そうなのだ。こういう感じのあり方、とても多いと思う。同時に、純文学によくある、典型的な例で言えば瀬戸良枝の小説のような、愛憎にまみれた双方がコンプレックスな母娘関係のあり方みたいなものが、描き方によってではあるが、どうしようもなく古臭く感じてしまうのだ。我々は「心の闇」なんてものを容易に信じて文学はそれを設定することを当然とし、内面が綿密かつリアルに描かれているものを評価しがちだけども、無いところには無いとした方が納得という場合も多々あるのだ。