『すっとこどっこいしょ』舞城王太郎

例によって、とくに深い意味を読み込もうとせずに読む。
こないだの秋葉原の大量殺人と『イキルキス』を関連つけるようなそういうものは書きたくないのだ。
中学三年生男子。進路問題がテーマとして底流にあり、これからの人生をどう選択しようかという大きな悩みのもと、しかし、ストーリーは自分や友達の恋愛をめぐるドタバタ劇である。
中学生らしい語彙が少なくて短い、俗っぽい会話に、それと全く違和感のないような地の文を配し、たたみかけるようなリズムで物語は進む。基本的にはこの作品はそれが楽しめればそれでいいと思う。
主人公は立ち止まって考えたりもするのだが、それすらもこのスピード感のあるリズムの中にある。よく若い頃は時間が有り余っていて、歳をを取ると時間が矢のように過ぎる、そのように感じられると誰もが言うのだが、ここでは違う。この物語の中の中学生にとっての時間の流れも速いのだ。
ちょっとした事はすぐネットで答えが出たり、このドタバタ劇がネットで中継されていたりと、新潮を読むような年齢層の人からは想像もつかないくらいネットが身近にあるのがこの小説ではよく分かるが、それも関連しているだろう。たしかにあらゆるものの距離は短くなった。図書館に行き資料を検索しそこに無いものは他の図書館から取り寄せ、といったふうにしなくても、われわれはある程度の結論にたどりつける。ほとんどの事はポンポン物事を進められる。
・・・ように見える。しかし進めない人間も沢山いる。人間、ちっとも変わっていないのだ。
友人は数学の図形問題かなんかで躓くし(私もむかしある代数問題で異常に躓いたのを思い出して親近感を抱いた)、いちばん好きな女性とのエロまでの距離は遠いままだし、進路問題の答えも結局出ない。
面白いのは、業界人と知り合いになってそういう業界も楽しいなとしながらも、本当にこれが自分のやりたい事かどうか分からない、と勉学に戻ってしまうところ。安易な物語なら、そのまま業界人になったりしてエンドなのだが。
で、そのくらい進路選択に悩むのだが一方では、恋愛の選択においては、なんとなく自分にあってるんじゃないかという程度で選んだ相手(菓菜)と中学生の頃からすっと5年も付き合ってるし!
こうしてドタバタのなかで有無を言わさず物事を選ばされつつ、同時に、やりたい事がなかったら少なくとも人を助けようとまで追い詰めて考える滑稽さ、その人生の滑稽さを凝縮したかたちでこの作家は見せてくれる。