『射手座』上村渉

今年後半発表された新人賞(と名のつかないすばる文藝ふくめて)の中で最優秀作はこれだろう。ただ全体に低調気味だったので(とくにS潮とG群)、大絶賛とまでは行かない。行かないがしかし、この作品だけが、終わりまで一気に読むことが出来た。夜中に読み始めたのだが他の新人作品と違って睡魔に負けることが無かった。こうして読むことの面白さを経験させてくれる作品は、当ブログの評価は高い。
リーダビリティがあるとはこういう作品の事であって、勝手に定義するなら、それは読み易さだけでなく、先を読ませようとする力のあるものの事をいう。といっても皆がサスペンス仕立てになってしまってはそれも詰まらなくなってしまうから、そう単純でもないのだけど。
そしてなおかつこの作品は、文章が手堅い。誰もが試みなかったような比喩とか構成を無理に用いていない。確かに新鮮さは感じないのだが、たとえ新鮮であってもそれしかないような作品よりは遥かにマシである。構成もしっかりしていて、冷静に振り返れば、家に電話をかけてきた謎の男と喫茶店で話す、ただそれだけしかリアルタイムでは起こっていないのに、膨らみがある。地の文で語られる過去の出来事と会話とのバランスも良い。このバランスの良さは、喫茶店で会う一方の人間が日系ブラジル人で日本語の語彙が少ないという事からきていて、日本語のツッコミが拙いぶん、うまく聞き役に徹させる事ができている。よく考えられていると思う。
だから選考委員のなかでは主人公が違うのではないかという疑問もあったが、全くこれでいいのであり、ここがこの小説の面白い所なのだ。主人公はどうみたって赤ん坊をあちこち運んだ警備員なのに、主人公に内面を語らせず他の人物にしているところが。もしこの警備員の内面を中心に語ってしまったら、凡庸な小説になってしまう危険すらあったのではないか。
たとえばこの警備員は御殿場周辺でいわゆる寂れたシャッター通りをみたり、コンビニで不良に絡まれたり、閉園してしまう遊園地にいったり、東名のインターを外れればすぐにどイナカが顔見せたりする所に行かせたり、また何より自身も警備員だったりするのだが、これらにたいする感想を内面に語らせてしまえば、よくあるフリーター小説に堕してしまうかもしれない。私はこの作家の目は何よりこういう社会のロウワーサイドに注がれていて、この作品の背景に流れるその調べこそがこの小説のポイントだと信じるのだが、今や、下手にへんな感慨を交えないこういう語らせ方の方が読むほうにとって入ってきやすいともいえる。そのほうが、動かしがたい事実、逃れがたい現実としての側面をよく浮かび上がらせる事ができるようだ。
とはいえ注文もある。この警備員の両親がまもなく離婚したり、フラレた妹の元彼の父が自衛隊員だったり、赤ん坊を捨てたのが頭のおかしい中年女性だったりと、ちょっとここまではやりすぎなのかもしれない。こういう徹底もまたこの小説の面白さとして作者は考えたのかもしれないが、どうせならもう少しリアリズム寄りが良かったと私は思う。これではクドくてヘタすりゃギャグだ。
そしてこの警備員が、万引犯の様子をしっかりテープに録音するような自己保身に努める小心者でありながら、一方では素人考えでも明らかに死体遺棄という万引きなど問題にならない重大犯罪を犯していながら、妹への恋心が勝るかのような行動をするという少し統一感に欠ける所も気になった。
あとついでに言うと題名がいい。極限状態における自然の発見とか癒しなど、あまりこの小説の中心とは思えないところから引っ張ってきたのはセンスがいい。