『二人の庭園』鹿島田真希

女性の自意識と世間における女性観とのずれ、みたいなものをテーマにした、ここのところずっと鹿島田が書いている小説の、そのひとつといった按配。
実際やや飽きてきた。『女小説家の一日』とか『女の庭』とかとコンセプトはほとんど変わらす、連作といっても良いくらいなのだ。ただ、飽きてきたなんてのは私の勝手な言い草で、それぞれ掲載誌が違うのだから、それしか買わない読者は楽しんでるのだろう。
この小説では病んだ女性を描写するだけでなく、それを遠巻きに見ている男性2人が話に加わって、やや変化があり面白い。ホテルでの出来事に終始しているのだが、「黄金の猿」とか「モンスーン」とかそれぞれのホテル内の施設が暑かったり涼しかったりするイメージの対比も面白い。が、そのイメージの描写自体はひどく少なく、読者のイメージを縛り付けることがない。女の髪は短かったり、顔は青ざめていたりするのだが、その他の造作はほとんど描写されない。どのような顔立ちなのか、とか、体つきはどうか、とか。ホテルの内装も、前述のホテル内施設の家具の足に言及されても、全体的にどんなホテルなのかは描いていない。どのくらいの大きさで色はどんなで、部屋はいくつで、部屋の内装はどうで、そういえばホテルの名前なんかも無かったような。
肝心の登場人物の名前すらここでは与えられない。本来ならそういう細やかな描写をしてから人物の内面へと視点を動かしていくのが古きよき近代小説で、現代的な小説を読んでから古典を読んだりすると少しまどろっこしかったりするのだが、鹿島田の小説はそこが違う。「男とは何ぞや」「女とは何ぞや」「病とは〜」と一般名詞をめぐる観念的な話に終始している所だけは一見ひどく古めかしいのだが。「おおそうでしょうとも」とかそんな台詞まであったりするのに。
飽きたとかいって、まあそこそこ楽しんでるな、私。