『転轍機』桜井鈴茂

木下古栗は、題名からしてこりゃ面白いだろうなあという事で後回しにして、これを読んだのだが、そこそこ面白く読めたし、非常に好感を抱いた。深津作品の後に読んだから、という事にしたら両名に失礼だが、そんな部分はあるかも。
IT企業の若い社長とか、金持ちでスノッブな医者とか、それと対比する川原のルンペンの人とか、配役は通俗小説っぽい。また、その医者と医者が調達する女性との3Pやその第三者女性の造詣しかり。ルンペンと会話を交わすあたりまでも。ただ、かようにありきたりではあるが、しかしギリギリ純文学にとどまっているような気がしたし、バランスは悪くない。中でも、主人公女性が性的行為がエスカレートするなかでその途中であちら側に(こちら側に)ブレイクスルーしてしまう肝心のあたりには、きちんと裏づけのある説得力を感じる。このへんが深津作品と全く違うところだ。
ただ少しラストが締まらない。そのブレイクスルーが、拳銃を拾ってしまったことと余り関係がないかのように感じて、引き金を引く真似をするあたりはしっくり来なかったし、じっさいいきなりルンペンに明るく話しかけるほどの変わり方を出来ないっていうのが、ある程度歳を重ねた人間ってものなんじゃないだろうか。