『時が滲む朝』楊逸

面白い、はちょっと甘め。ちょっと評価を下げたくなってしまうのは、前作と違い今作は、基本的に、人間のなかの「邪」の部分の描写が少なかった事。それは前作では、カネをせびりにくる元夫とか息子とか、結婚=売春みたいに考えている日本人とかに現れていたのだけど、今作は出てくる人は皆良い人ばかり、といった印象。たとえば、日本国内で活動している民主活動家の屈折や実利への堕落もそれほど深く追及されない。感情表現も直接的すぎて、厳しくいえば、革命の勝利に涙するプロレタリア演劇を見ているかのような部分もある。
それでもあの民主化運動の周辺をこうして描いてくれただけでもいいかな、と思う。無職の中年男性の実存不安みたいな小説ばかり(とくに演劇出身の人に多い)の日本だとやはり新鮮である。
ところで日本では80年代後期の消費社会到来とともに"活動家"が社会的にほぼ忘れさられてしまってるのだが、中国ではきっとそれ以上に無かった事にされてるんだろうな、と思う。そのことは、やはり残念に思わざるを得ない。楊氏が芥川賞を取ったとき、中国共産党はどうそれを扱うのだろうか。けっこう話題になってしまうと思うのだが。