『聖書の煙草』田中慎弥

設定は働かず家で酒ばかり飲んでいる30代男性が主人公で、母親が彼を養っている。これは単なる推測だが、田中慎弥がいちばん自然体で書ける設定なのではないか。まず今のぐうたらな状況が語られ、主人公は反省しつつも決してその生活を変えようとはしない。その筋金入りの開き直りぶりがいい。母親の描写もいい。次の職場の心配をすべきなのに、目先の家事に一所懸命なんていかにもありそうだし、よほどの人でない限り母親はいつだって子供の味方なのだ。
文章がややまわりくどい箇所があるが、これも味付けと思えば許容範囲。警察と接触することで、世の中との関わりを回復しかかるのだが、それを自慰衝動として描くのは、実際には無さそうでいて小説的には面白くはある。
一番私が面白く感じたのは、自分を強盗として妄想が入り混じったような文章になっていく所。強盗であることが、事実であるかのような妄想であるかのような、そして皮肉のような希望であるかのような具合が面白い。
ちなみに聖書と題名にあるが、聖書そのものの内容とかぶるようなキリスト教的なテーマはとくに読み込めなかった。