『かもめの日』黒川 創

いちおうすんなり読めた事をもって、面白い、とはしたが、私より評価を低く見るひとは結構いそうな作品。
文筆家業の男性がでてくるのだが、その人物が小説中で書く作品とこの小説じたいがダブるようなところがある。メタフィクションと構えてしまうほどのものでもないが、この文筆家が作中で思い描く、複数の比較的多くの人物が出てきてそれが有機的に関連しあうような小説、がそのままこの小説の内容を表している。
ただ、この複数の人物を出す事そのものが目的と化してしまっていて、出したものの描写が中途半端に終わり、何の印象も残さず消えていくようなキャラもいたりして、散らかった印象も残す。
レイプをめぐる物語や鉄道博物館をめぐる物語などもあり、複数の物語を作者は並列したままにおきたかったのかもしれないが、やはりどうしても一人の元ラジオアナをめぐる、中年男性2人との三角関係に力点を感じさせる。
最愛の妻が突然死し、その死の直前に自分の親しい友人と電話連絡をしていたとなれば、そりゃ生死を左右するくらい悩ましい出来事だと思うが、それを描くに際してこの小説は過剰な心理描写をせずに、その悩ましさを表現するのに成功していると思う。というかその部分に限らず、文筆家の男性とDJの男性という2人の描写がやはりいちばんリアリティを感じさせる。きっと作者の年齢も近く、より深くこれらのキャラに入り込み書くことができたせいではないか。ただそれゆえに、このふたり途中から区別し難い部分もあるのだ。これが私にとっての難点の2つめ。
ひとつめの、難点に話を戻すと、まず、レイプされた少女と関わりをもつ事になったヒデという男性の存在理由がピンと来ない。DJ男性の息子もなぜ登場させたか分からない。などがある。
そのいっぽうで、交通博物館の館長の人生が長々語られたり、ソ連の宇宙飛行士についても語られたりするのだが、当然これらは中心に来ないうえに、傍ら的エピソードとして私的には余り興味がそそれらるものでもない。中心ではないものの、ここがもう少し興味をそそられるような内容のものであればこの小説の印象はだいぶ変わったかもしれない。
逆の意味で、DJが登場する舞台が、普段から私がよく聞いているJ-WAVEっぽかった所は好印象。交通情報とか書かれるだけで耳の中で再現できるくらい聞きなれたタームが出てきて面白かった。
その他、印象に残ったところでいえば、レイプの現場の殺伐とした様子はよく書けていると思う。
また突然死した女性の、その最後の日の、極めて日常的な部分と、そうでない部分とのバランスがよかった。これでも純文学としては、作り物めいていて劇的なのかもしれないけど、ほとんど死を全く予感していないなかで少しだけいつもと違う部分があった、というのは実際にもよく聞く話だ。


最後に書いておきたいことは、ちょっとメタフィクション的な部分があるが、これが果たしてこの小説に必要だっただろうか、という事。私には余計なものに映った。