『墓の光景』窪島誠一郎

読みきり作品のなかではいちばん読みやすかったので読んだのだが・・・。戦前養子に出されその後成功した画家が、実の父親や、養母の愛人などを含めたその経緯を戦時中のことを中心にいろいろ振り返るといった内容。
養母やその愛人の当時の様子を描いた部分はやや生き生きと描かれてはいるが、その他の人物の屈託がどこにも無いのがまず気になる。たとえば実の父親などひどく寂しい一生だったに違いないのに、実父自身のその寂しさはそれほど直接描かれず、画家もそのへんに思いを馳せるわけでもない。というか、この画家自体の自身の思いはあえて描かないことがこの小説の特徴でもあるのだが、それにしたって一見客観的に振り返る事柄の選択やまた描き方において、画家の思いを感じさせることは出来るはずで、その点までもが淡白なため、画家の内面をあれこれ想像する以前の問題として、淡白な人間だなあという印象すら与えてしまっている。したがって、ラストの崩壊した墓場をただ描こうとする部分すら、何も感慨を書かないことがかえっていかにも文学的な思わせぶりだなあ、という感じを抱かせ、ここは無かったほうが良いかもしれない。いやラストに限らず、現在を描いた部分にあまりに濃淡がない。昔の知り合いなど、ただ登場するだけだったりするし。
ときどきこういう、書かないことが文学だ、と言いたげなものに出会うとガックリする。(別に窪島氏がそう言いたいわけではないんだろうけど。)いろいろな解釈が可能であることと曖昧であることは必ずしもイコールじゃないと思うんだけどなあ。
また、養母の愛人である軍人が、「子供を画家にしてやれ」と言うに至った思いがどのようなものだったかについても、ちょっと浅い感じで、その子の従順な様子が気をひいてというのでは少し弱く、むしろ彼がただの気まぐれの一言だったのを養母が深く受け止めたとしたほうが面白かったかもしれない。いずれにしても、この軍人じたいの物語が弱いから如何ともしがたい気もするが、ただ、そこが弱い分、ともすれば悲惨なことばかりがクローズアップされて描かれやすい戦時中にあっても、暮らしが当然あって日常は日常としてあり、想像ほど酷い日常でない、そういう部分も地域階層によっては多くあったことを雰囲気として出すのに成功している。そこはこの小説の比較的良かったと思える部分。また、当時の軍関係の人間が様々に優遇されていたり、末端の兵員がすさんでいたりすることもきちんと書いている。