『受粉』木下古栗

はじめて読む作家。音楽ライブで女性と触れ合ったことを契機として、痴漢を主なテーマとして性をめぐる妄想が暴走していくような話。リアリズム小説ではない。
性に関する妄想とはいっても、真面目に性とは何かと考えたときに出てくるような事ではなく、非常にくだらない些細な事に関する妄想ばかりで、そこが逆に面白みでもある。
最初読み始めて、自分の尻を揉む行為を自分が始めるところが全て妄想だったところで、何だよそれ、という気持ちになったことは確か。
ただ途中で挿入される痴漢に関する掲示板の内容のうちの、2、3の投稿に思わず笑ってしまうものがあり、これが無かったらむしろこの小説に関する評価はもっと悪かったかもしれない。
総じていえば、妄想的に描写される出来事が、現実にはまずありえない事ではありながら、現実へのつながり、批評性というものを保持しているせいなのか、読ませるギリギリの絶妙のラインに留まっている。
とくに掲示板の内容などは、性に関する「へんな真面目さ」への批評になっていて、この小説ほどデフォルメされたものではないにしても、そういう真面目さは実際にネットなどで目にすることが出来る。ある種の性的な行為の、冷静に第三者的に考えるとちょっとバカらしいところ。この掲示板のバカらしさが笑えるのは、きっとそれが完全に外的なものではなく、我々のなかにもある部分と切離せないからなんだろう。
文章表現についても、ときどき他では読んだことのないような気の効いた表現があり、なかなかの作品だった。