連載終了『プロット・アゲインスト・アメリカ』フィイップ・ロス

翻訳ものの連載というのはあまり体験なかったが、この作品については大成功。すばる編集部に大感謝したい。
ナチスがヨーロッパで台頭してきたころの話だが、面白いのは、アメリカがナチスや日本の行うことにとことん妥協的な世界、ひとつの、まあなかっただろうが絶対になかったともいえないくらいのリアリティの出したif世界を舞台にしているところだ。ナチスの幹部を自国ににこやかに迎えて外交交渉し、日本とは早々不戦協定を結んでその大陸進出を認めてしまう。何を持ってアメリカのそれが正当化されるかというと、ヨーロッパや極東で彼らが勝手にやっている領土資源争いに介入したりして自国の国民の命を危険に晒すべきではないという考え方だ。と、ここで、ん?と思わないだろうか。というのは、そういったセリフ、いまでもアメリカの行動をめぐって聞かれないだろうか?
そうなのだ。これはただちに間違っているとは言えないのだ。それどころか今はむしろリベラルな人たちのほうが、アメリカがユーゴだのレバノンだの世界の警察官よろしく国外での争いに介入することに批判的で、こういったセリフを歓迎を持って迎えたりするのだ。むしろこちらのほうが今では通りのいい一般的な正義ですらあるだろう。シリア介入に関して多くの米国人が考えたように。それは彼らが決着つけることで勝手にやらせておけばいい自国の国民を危険にさらす必要はない・・・・・・。
しかしともすれば保守化しているとも言われるアメリカ人の多くがシリアに関して不介入と考えるように、他国の争いへの無関心は一見正義のようでいて、身勝手な保守主義とも結び付くわけで、つまりは、ちょっと話がそれてしまったが、この小説は悪を描くに際して、けっしてどっかの小説のように悪を分かりやすい悪として描くわけでなく、しかしだからこそ、終始どきどきしながら読むことが出来たのである。
また、連載一回一回の分量が適度に多くひとつひとつのエピソードを丹念に読むことが出来たのも、この連載を楽しめた大きな要因として見逃せないだろう。いとこのアルヴィン(だったっけ?)の負傷とその後の荒れ方、主人公の兄と叔母の結びつきなど印象に残るところだが、もっとも悲しかったのは、主人公少年がほんのちょっとした出来ごころの結果として近所に住む片親家庭の同級生を強制移住させてしまったところ。ほんのちょっとしたこと、なのだ。あからさまな悪や陰謀ではないのだ、じっさいに恐ろしいものとして世に現れるのは。
そしてその恐ろしいものは、家族をも引き裂く。当たり前だ。どちらかが明らかに正義で一方が悪というふうに立ち現われてこないのだから。双方が正義なのだから。
最後になってしまったが訳者の柴田さんにもご苦労様でしたと感謝しておきたい。